第4話 ゲームは一日一時間まで!

 今日は学校もテニス部も休みだ。ボーナスステージとはこの事だ。


 なので現在、布団の中で溜まっていた動画を鑑賞中。日頃積み重なった疲労が回復していく!


「――隆司ちゃん! いつまで寝ているの? 朝ごはん冷めちゃうでしょ!」


 儚いボーナスタイムは扉の強い開閉音で終焉した。まだ午前10時だと言うのに、小さな体にエプロンを巻いた真理の休日の朝は早い。


 頬を膨らませながら真理がカーテンを開け、眩しい陽光を入れつつベッドの隣に迫る。


「ほら。いつまでも起きないなら、ママが抱っこして連れて行っちゃうよ」


「普通にそういう事言うな!」


 降参。即座に起き上がる。

 ほんとにテニス部で妖精マネージャーやっている時は『無駄な事、できない事、常識外の事はしない』で淡々と業務をこなすキャリアウーマンの筈なのに、何故家だとママ属性をフルスロットルさせるのか。


 仕方なく着替えてリビングに行くとテーブルには鮭に卵焼きに漬物、味噌汁(白味噌)に白飯、かつ納豆が二人分並んでいた。朝早く起きている筈の真理の食事が、俺が起きるまで我慢していた事を考えると罪悪感が滲む。


 礼儀正しく共に食事の挨拶いただきますをしてから本日の朝食を頂く。疲れた体には味噌汁が染みるぜ。


◆◇


 強豪校の部長をやっていると余暇にゲームをやる気力さえ起きなくなる。折角抽選に当たってまでレースゲーム『マレオカートユニバース』を買ったにも関わらず、この一週間やれる時間が無かったのだ。真理だって密かに楽しみにしていたのに。


 しかし今日は一日学校も部活も無い。こんな日に待望の新作ゲームをやらない選択肢があるだろうか。いや無い(反語)。


 という訳で現在『マレオカートユニバース』にのめり込んでいる。


 次第にオンラインで走っても文句ないレベルにまで慣れてきたころ――。


「隆司ちゃんっ。めっ! ゲームは1日1時間までだよ!」


 また強い扉の開閉音。


 腰に手を当て頬を膨らませる同居人が介入してきた。


「待て待て! これはマレオカートの新作だぞ!? お前もやりたいって言ってたじゃん! せめて今やってる200ccが終わってから……っ」


「むぅ。隆司ちゃんは約束を守れる子なはずなのになぁ」


 そもそも別段ゲームは1日1時間なんて約束をした覚えは無いんだが……。


 しかしガチで物憂げな表情をされると楽しむ気が失せる。


「それに隆司ちゃん、宿題やったの? 先生から隆司ちゃんが宿題できてないって聞いたよ?」


「なんでそれを知って……!!」


「隆司ちゃんのことなら、なんでもお見通しですよ」


 まん丸で大きい瞳を細めて睨んできた。このモードに入った真理には反論の余地は無い。俺が宿題忘れの常習犯ってのは事実だし。


 俺に許された抵抗はゲームを切り、机でテキストを開いて大人しく宿題をすることだけだった。しかし授業中は基本就寝時間の為、括弧内に埋めるためのピースは全然インプットできていない。


 白紙のテキストを見て、また真理の頬が膨らむ。


「むぅ。さては授業中寝てばっかりだね。関心意欲態度もC評価だったし」


「そこは目を瞑ってくれよ……部活が厳しすぎて体力に残ってないんだよ」


「じゃあ今回は一緒に宿題をやってあげるから。今回だけだよ? 宿題は隆司ちゃん一人でやらなきゃ意味ないから」


 隣に座る真理。さらりとした黒髪から石鹸の香りがして、これはこれで宿題に集中できない。というかドギマギしてるの俺だけって、何か釈然としないなぁ。


「教えてあげるって……高二の範囲分かるの?」


「ここ相加相乗平均の問題だよね、じゃあ……」


 この後滅茶苦茶手取り足取り教えられた。先生よりも教え方が上手すぎる。


 けれどもママを気取ってはいるが、この子は高校一年生だ。俺より一個下なのだ。


 なのに初めて平仮名を教わった時のような優しさで、しかし分かりやすく問題の解き方を示してくれたのだった。


 ちなみに真理は模試で学年一位を取っている。大概の二年生よりは勉強が出来てしまうんだよなぁ。


「ほんと、一体いつ二年生の範囲まで予習してんのさ」


「だって子供の勉強くらい分からなきゃママじゃないもん」


◆◇


 無事宿題は完了した。つまりせっかくの休日が終わろうとしている訳だが、宿題をいつも出さない奴と先生に思われていたのも気がかりだったので、こんな日もありと考えよう。


 流石に真理には頭が上がらない。礼を言わなきゃな。


「真理、あのさ――」 


「隆司ちゃん、おいでおいで」


 御礼を遮って、手招きをする真理。数学の宿題をやり終えて思考が回らなくなったせいだろうか、無警戒に近づいてしゃがみ込んでしまう。


 そして背伸びしてまで、後頭部を撫でられた。


「よしよし、よくできました! ママがはなまるをあげます! よく頑張ったね!」


 勉強を頑張ったらヨシヨシしてくれる系女子に、ここは甘えておく。


「あ、ありがとう……」


「じゃあ、特別サービスでゲームしていいよ!」


 宿題めっちゃ頑張ってよかった。不覚にもそう思えてしまうようなナデナデとご褒美だった。完全にママとなって俺の心理を掴んできやがる。


 だがマレオカートに向かう所で、一つ思い出したことがある。店頭に並んだパッケージを真理も興味深そうに見つめていたのだ。


 ほんとうは真理もゲームをやりたいのだ。


「……ならさ、真理もゲーム一緒にやろうぜ」


「えっ? いや、駄目。ママがゲームをやってたら示しがつかないから」


「でも誉のかーちゃんはゲームやってるらしいぜ」


「余所は余所! ウチはウチ!」


「じゃあ俺もゲームはやらない。真理が一緒にゲームをやらないんならな。あー、折角のご褒美がなぁ……」


 ソファに座ってわざとらしく拗ねると、流石に真理も困惑していた。意外と搦め手に弱いのは知ってる。俺だって伊達に真理と8年も一緒に住んでいた訳じゃない。


 真理は観念し、コントローラーを握る。


「しょうがない。今回だけだよ」


「へへ、そうこなくっちゃ」


 時間を忘れ二人プレイに没頭した。学校は愚かプライベートでも中々見ない満足げな横顔を何度も見てしまった。まだ法的にも母親には成れない15歳の子供だ、夢中になる姿が似合わない訳ないだろう。


 そんなこんなで気付けば夜遅くまでプレイをしていた。


「じゃあこれで最後にするか、真――」


 ――理、と呼んでも反応は無い。代わりに健やか寝息と温もりが返ってくる。俺と密着するようにして、すっかり夢の世界に入ってしまったらしい。ったく、ママが歯磨きを忘れるかよ。


 やれやれ。


 触れれば新雪の如く溶けてしまいそうな、あどけない寝顔はそのまましておきたかった。だからその場で布団をかけてやる。


「むにゃ……私が、代わりにママになってあげるから……」


 ……その譫言を俺は知っている。両親の葬式の日、真理が俺に寄り添ってくれた言葉だ。


 別にいいのになぁ。だが今もどこか無防備な真理に甘えたい気持ちでいっぱいだ。


「今日はありがとうな、ママ」


 うっ、違う。本当は真理って言おうとしたんだ。クソッタレ、俺も正気に戻らなきゃな。




 ……しかし俺のママは真理一人じゃなかったなんて、俺はこの時知る由もない。

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