第21話 救出計画

 鉛色の空の下、一台の小型トラックが走っていく。両側は一面のみかん畑だ。色づき始めたみかんが、緑の葉の間から、ちらほらと顔を覗かせている。みかん畑で作業する者以外、めったに車の通らない農道だが、ここを抜けると、留学生研修センターへの近道になった。

 小型トラックは急いでいた。夕方から雨になると予報が伝えており、頭上の重苦しい雲も、湿気を含んだ空気もそれを裏書している。雨降りの渋滞にひっかかる前に、配送センターに戻って、熱いお茶にありつこう。

「あれ?」

 先を急ぐトラックの目の前に、障害物が現れた。こんな農道に不似合いな大型のセダンが、でんと道をふさいでいる。ボンネットをはね上げているところを見ると、エンストらしい。

「おいおい、勘弁してくれよ」

独り言をつぶやきながら、道路の幅を目で測る。横をすり抜けるのは無理だ。とりあえず、車を止めて、様子を見に行くことにした。

 身体つきからすると、まだ若い男が、エンジンを覗きこんでいた。煙は上がってないから、オーバーヒートではないらしい。運転手が近づいても、気づかない様子だ。

「どうしました? 手を貸しましょうか?」

声をかけると、男は身体を起こしてこちらを向いた。

ウルトラマンだった。

ゴムでできたマスクだと気がつく前に、何かを顔面にスプレーされた。

悲鳴をあげて顔をかきむしった。


 セダンの助手席で、弘毅は後ろを振り返る。後から、小型トラックがついてくる。運転しているのは、野球帽をかぶってオレンジ色の髪を隠し、度の無い眼鏡をかけて別人のように見える亮だ。トラックの運転手は、縛ってさるぐつわをかまし、みかん畑の中に置いてきた。

「大丈夫か、あの人」

「どうもしてない。ちょっと驚いただけよ」

セダンを運転している於蝶が言った。

「さっきのあれ、何?」

「ペッパースプレー。あんたみたいな、悪ガキ撃退用」

「あんたみたいな、だけ余計だよ。俺、それほど不自由してない」

「そう?」

鼻先で笑われて、弘毅はむっとした。が、チョコレートの数を思い出すと、何も言えなかった。

 みかん畑を抜けると、道がやや広くなった。ポツン、ポツンと住宅も見えてくる。於蝶は、枝道に入って車を止めた。トラックもついてくる。

 於蝶と亮は、荷台の配送品の山の陰に、とびきり大きな段ボール箱を組み立て、中に弘毅を潜ませた。

「わざわざ、荷台をチェックするとは思わないけど、念のため」と於蝶。

 研修センターに着いたら、誰も見ていないのを見計らって、弘毅はトラックから飛び出し、留学生の間に紛れ込む予定だった。

「普通なら、見慣れない人間がうろうろしてたら、すぐに通報される。でも、あんたは、同年輩のガキだから、目立たないでしょ」

弘毅の髪は、再び黒く染められている。

「残念よね。結構、似合ってたのに。亮よりサマになったんじゃない、マイク握って雄たけびあげたら」

「シャウト」と亮。

於蝶はここで、二人が大介とナオシを連れて戻ってくるのを待つ。

「あまり時間はないぞ」亮がまじめな顔で言った。

「急いで二人を見つけろよ。センター内の様子は全くわからないんだ。臨機応変で動くしかない。お前の才覚しだいだ」

弘毅は、段ボールの蓋を閉めた。

 トラックが動き出した。やがて止まる。着いたのかな、と緊張する。また動き出す。信号停止だったらしい。そんなことが何遍かくり返された。また、止まった。ガラガラと、金属の車輪が回転する音がする。門が開くらしい。弘毅は懸命に耳を澄ませ、全身の神経を針のように尖らせて、外界の動きを感じ取ろうとした。

トラックが止まって、段ボールの蓋が開いた。亮の顔が覗く。

「出ろ」

箱から飛び出した弘毅に、亮が言った。

「四時十五分までに、二人を連れてここへ戻ってこい。それがぎりぎりだ」

腕時計を見る。三時五十二分。

 弘毅は荷台から飛び下りると、建物めがけて一散に走った。


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