世紀末都市「ふるさと」

鳩胸な鴨

第1話 ある大学生の期末レポートより

民俗学期末課題レポート

〜地元の歴史『S県大宮市』〜


学籍番号:G2XX021

氏名:榎代えのしろ 百華ももか


その1.はじめに


私の地元、「大宮市」は「世紀末都市」である。


【大宮市の地図】


とは言っても、核戦争で焼け野原になっただとか、武が全てを支配するだとか、そんな物騒な地域ではない。

上記の地図を見ればわかるように、広がる田園にビニールハウス。ちらほら点在する公立校。大企業の支社が散らばる工業団地に、駅周りに集中する商業施設。見てくれだけは、どこにでもある普通の田舎だ。


だが、その実はまるで違う。


横行する暴力、殺人事件。バラバラ死体が雑木林から掘り出されたり、ビルから爆炎が吹き出すなんて日常。授業中にテロリストがやって来る、なんてのも、この地域だと中学生の妄想ではない。ひどい時は国家転覆の陰謀が渦巻くこともあった。

力を持たず、役に立たない警察。使命を果たさず、私腹を肥やす有力者。我が物顔で街を跋扈する悪人たち。欠点を枚挙すると暇ない、力泣き民が涙を飲む地獄。

「市が興った明治の頃、大宮は住まう者からも『この世の地獄を全て煮詰めたような場所』と揶揄された」と、大宮市立図書館の蔵書「大宮市の歴史」に記録が残っている。

故に、被害者である民が鬼と化すのは必然のことだった。


この論文では、「大宮市はなぜ、異常な事件率にもかかわらず平凡な田舎に見えるのか」を考察していく。



その2.虐げられた民草の逆襲


まず立ち上がったのが、数人の民。

狩りを趣味とする者、武芸を収めた者、後ろ暗い世界に生きる者。生まれや環境に差はあれど、人より腕っぷしの強い彼らは家族のため、或いは友人のために手を取った。

ある者は山に籠り。ある者は技術を磨き。ある者は知恵を積み重ね。


【画像挿入予定】


そうして、虐げられるだけだった民は圧倒的な力を得た。


暴力で捩じ伏せようと企てるものには、それ以上の暴力で叩きのめし。

技術で絡め取ろうと企てるものには、それ以上の技術で上回り。

知力で貶めようと企てるものには、それ以上の知力で暗闇を暴いた。

その光景を描いた絵が、上記の絵…作者不明ではあるが、明治の頃に描かれたものとして大宮市の歴史博物館に展示されている「怒り狂う大宮の民」である。

理不尽に涙を飲むだけだった市民は、ようやく普通に生活できるだけの基盤を手に入れた。これで理不尽に喘ぐことはない。誰もがそう思っていたことだろう。

しかし、そうはならなかった。



その3.絶えない悪意


市民が力をつけて叩けど、悪は絶えず湧き、その牙を民草に向けた。


大宮市が発行していた地方紙を遡ると、大正10年には一年で約200件の殺人事件が起きたという。

このままでは子が安心して暮らせない。しかし、明確な原因がない以上、根本的な解決も見込めない。

治安の悪さと永遠に付き合っていくしかないと悟った市民たちは、ある決意を固めた。


「子供達も鍛えよう」と。


そうして始まったのが、力をつけた市民たちによる力、技術、知恵の伝授。

「大宮市の歴史」によると、「死が身近にあった子供たちは自分の身を守るため、更には大切な人を守るため、血反吐を吐きながら己を磨いた」という。

そうして数代を経る頃には、赤子にして才気に溢れる人間が出るようになった。



その4.世紀末都市


市民と悪との対立は今も続いている。

去年の犯罪発生率(図1)、市よりまとめられたここ5年の事件の凶悪性(図2、図3)を見るに、その苛烈さはより増している。

しかし、市民も負けてはいない。20XX年4月21日に掲載された地方記事を抜粋すると、「生まれ故郷である大宮市で活動する起業家、賀川 リオ氏が大規模企業組織『茶道グループ』設立を表明した」とある。これは氷山の一角であり、「デジタル大宮日報」(下記にURL添付)では才覚ある若人が社会に名を刻んだ記事をまとめたページが存在する。


【グラフ挿入予定】


ここ5年の犯罪率と、大宮日報の才ある若者が活躍する記事の数を比較してみると、ある事実が見えてくる。

そう。犯罪率に比例して、若者の活躍を綴る記事の数もまた増えているのだ。



その5.結論


ここまでの情報を整理すると、「事件は年々複雑化の一途を辿っている」ことと、「大宮市の市民は事件に対応できるだけの知恵と力がある」ことが伺える。それ即ち、大宮市の人々にとって迫る悪意は当たり前に対処できるものということに他ならない。


大学に通うようになって私が気づいたように、私の普通は誰かの普通ではない。同じように、誰かにとっての普通は私の普通ではない。

このレポートがこうした些細な価値観の違いを説く材料となれば嬉しく思う。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「…小説のプロットくらい現実味はないけど、ソースはしっかりしてるんだよね。

参考までに聞くけど、マジで地元こんな感じなの?」


一度読んでるだろうにも関わらず、私が書いた期末レポートを目の前で読み終え、怪訝そうに眉を顰める夜圃よるはた教授。

私も書いてる途中で4回は思った。これ、絶対に通らないだろうなと。

それでも真面目に書いたんだ。現実離れしてる、馬鹿馬鹿しいなんて思いながら。

私は実家住みの大学生。大宮市以外に地元と言える場所はないし、言う気もない。

単位もらえないだろうな、と半ば諦めながら、私はせめてもの反抗にと言葉を返す。


「来てみますか?車がないと生活できない不便な田舎町ですが、居心地はいいですよ。

それこそ、『ここに骨を埋めてもいい』と思えるくらいに」

「文字通りの意味じゃないよね、それ?」

「文字通りの意味ですよ。面白半分で来た奴の半分以上は首と体が泣き別れします」


因習村モノの創作みたく、よそ者を嫌う風習があるわけじゃない。ただ、よそから来た人が知らず知らずのうちにヤバい人の地雷踏んで殺されてるだけだ。

うちの地元には倫理のタガが外れやすくなる呪いでもあるんだろうか。


「そう言われるとますます気になるね。

今度のフィールドワークは大宮にしようかな」

「…………マジで言ってます?」

「マジだよ。電車で30分くらいの距離だし」


まずい方向に話が転がり始めた。

下手な反骨精神なんて出すんじゃなかった、と後悔のため息を吐き、私はチャットアプリのともだち登録画面を表示した携帯を見せた。


「もし私の地元を調査するっていうなら、事前に連絡してくださいね。

教授、今の時点で3回は殺されますから」

「え、なんで?」

「『注意されてムカついた』って理由で教師が殺されたケースが6月中だけでも3件」

「………い、いや、だからって…」


その注意も「廊下を走るな」くらいで大したモノじゃなかったと聞く。

どれも高校生の犯行だ。こういうニュースを見るたび、「道徳って科目存在してるのか今」と思う。少なくとも私は受けた。


「『詮索されるのが嫌だった』とかで駅前で『シュークリームの中身と聞いてイメージするものは何?』っつーしょーもないアンケート取ってただけの下っ端テレビスタッフがクマのおやつみたいになって山に埋められてました。半年に一回はそんな事件が起きます」

「倫理観が推理漫画」


ちなみに、質問しなかったらしなかったで「私を無視した」と別ベクトルでやべー人の顰蹙を買って殺されたケースもある。


「『見た目に無頓着なのに美人なのが許せない』とかで顔面ぐっちゃぐちゃになるまでぶん殴られてる人を見たことあります。

被害者の方は一命を取り留めたらしいですけど、その後どうなったかは知りません」

「ボク、美人の類に入る?」

「余裕で」


教授は見た目に無頓着なのか、着てる服はシワだらけで、髪は枝毛が目立つし、肌もよくよく見るとがさがさに荒れてる。

でも、それを帳消しにできるくらいには素体がいい。化粧すればかなりモテるんじゃなかろうか。

…まあ、そうなったらそうなったで「この美しさを僕だけのものにする」とか言って殺して剥製にするような輩が襲ってくるだろうけど。


このようにどうしようもない場合は、どう頑張っても殺しようがない人を近くに置くくらいしか対策できない。


教授にそんなツテなどないだろうし、もし調査するというなら私が同行する必要がある。非常に面倒くさい。

どうか心折れて諦めてくれ、と願う矢先、私の携帯が震える。

通知が来たのはチャットアプリ。

そこには、明後日の日付が書かれたメッセージが表示されていた。


「調査を手伝ってくれたらこの授業の単位とバイト代あげるけど、どうする?」


「拒否権ないよ、お前」と言われたような気がした。

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