辻霧 綾世の真実紐解
夏空 新〈なつぞら あらた〉
ステラテイルの残滓
0 依頼人:三川 新
《5月27日13時27分/東京都目黒区八雲 某所》
大型連休明け、いわゆる五月病も下火、まもなく梅雨入り宣言があがる数歩手前の頃。
今のボクについて言えば、気持ちはとても憂鬱だがそれでも逼迫している。
目の前にあるのは何気ない一軒家。少し年季入りの褪せた壁面。屋根はくすんでいるように見える黒に近い青だ。そんな壁面を縛るように蔦が生い茂っていた。手入れをしているとはとても思えない。
これだけ羅列すると両隣の家と比較してもこの家には異質な雰囲気が漂っていて近寄りがたい。だけど正面には堂々としたある看板が掲げられていることでこの異質さを更に助長しているようにも感じてしまう。
【辻霧探偵事務所】
ここは私立探偵である
ボクはここにいる彼女に相談事があってやってきた。もちろん事前に連絡はしている。約束の時間までは大体……3分前か。腕時計を確認したら少しギリギリの頃に思う。
迷ってもしょうがないのでボクは覚悟を決めてノックを3回する。
「鍵は開いている、入りたまえ」
ドア置くからハスキーチックな特徴的な低い女声がこもりながらも聞こえる。その声に背筋に冷えた風が駆け抜け、鳥肌が立つのを感じるがここで身を引くことはできない。
一つ唾を飲み、僕は「お邪魔します」と震えた声を添えてドアを開ける。
中に入るとそれはもう乱雑とした部屋だった。至るところに書類やら封筒やらがあちこちに。踏み場所を間違えたら簡単に転倒してしまいそうだ。
「あぁ、すまないね。少し準備に手間取って」
ギィっと軋む椅子の音と共に立ち上がった女性は、背丈はボク(175㎝)よりやや低い。髪はボサボサに整っておらず、目の下にも隈がくっきりとある。服装はベージュのロングコートに白いインナーを着て、灰色チェック柄パンツを履き、シンプルな黒いシューズを履いていた。この部分だけで切り取ると外出する様相だ。ただ見た目からそうとも感じないところもある。
そして何よりも気になるのは、この部屋も含めてだが煙草と珈琲の匂いが強い。
きっと彼女が辻霧 綾世だろう。少なくともこの声は事前の電話で交わした時に聞いたときの者と同じだ。
「やぁ、
辻霧さんはボクこと、三川 新の名前を告げる。
「はい、三川です………あの、えっと」
「あぁ、みなまで言うな。とりあえずは珈琲を一杯淹れよう。珈琲は飲めるかい?」
「一応は、はい」
「良かった。ちょうど行きつけの店で新しいブレンドを買ったところでね。あぁ、そこの椅子に座って待っててくれ」
辻霧さんが指さした先は、比較的散見しているものが少ない場所だった。テーブルを挟んで革生地のソファーがあった。少なくともここで依頼人と話すための場所としているのだろう。
ボクは言われるがまま、席に座ってじっと待っている。待つこと5分、奥の方からグツグツと沸騰する音が聞こえる。そして珈琲を淹れる音は香りと手を繋いで少し離れたボクのところまで行き届く。
「そう言えば三川氏は砂糖とミルクはいるかい?」
「えっ、あぁ~………いらないです」
あっても良い気持ちはわずかならがあったが、今回はブラックを飲もうと少し考えた末決断する。
「へぇ、ブラックでいけるんだ。大人だねぇ~。かく言うアタシは砂糖もミルクも必要なお子ちゃま舌さ」
少し語尾の調子が乗り、ジョークなのかわからないところだ。しかしこの辻霧さんは随分と距離の近い感じで接してくるなと感じる。その言葉の節々から珈琲をカップに注ぐ音が聞こえる。
「どうぞ、これはね、御徒町にある喫茶店で買ったブレンドなんだと。マスターがアタシの為にちょっと中身変えているらしくて楽しみだったんだよねぇ~」
ボクの前にティーカップを置く彼女からはタバコとどこかのブランドの香水が混ざったような快でも不快でもない絶妙なにおいがする。
「それはそうと、改めて自己紹介。アタシは探偵の辻霧 綾世だ。よろしく」
辻霧さんは右手を差し伸べる。握手ということだろう。ボクは「あっ、えっと……依頼人の三川 新です」とたどたどしく名乗りながら手を出し、握手をした。
立場上名刺を出すのが適しているはずだがそんな隙は与えてくれなかった。
「緊張しなくてもいいさ、三川氏。まぁ~初対面の大人にはどうしても緊張してしまうかな」
そう言いながら彼女はボクに「飲んでくれ」と一言。ボクはカップを手にし、珈琲を口にした。一方の彼女はシュガースティック2本とコーヒーフレッシュ1つを入れて飲む。
「美味しいわね、香りが格段に変わっ―――おぉっと失礼。すっかり場も和んでしまったところだ。いつもの如く入り浸っていたわ」
「いえ、そんなことはないです……この珈琲、美味しいですね。御徒町、ですか。あまり行く機会がないもので、でも少しその店が気になりました」
意外なことにこの珈琲は美味しかった。というかそもそも淹れ方自体も意外と
「本当かい⁉ いやぁ、それはまた御馳走した甲斐があるわ!」
「えっと……それで本題は?」
本筋から逸れ過ぎないようにボクは最善の努力をする。
「まぁまぁ、これもラポールというやつだ。意味が違ったかな? 覚えたての言葉をついつい使いたくなる性分なのよ。それはそうと肝心んの本題だったわね。キミは早くその話がしたそうで忙しないように見えるから珈琲片手に話そう。そう、
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