映画を見ていたら急にトイレに行きたくなってしまった話
相内 友
とある映画鑑賞記 あるいは尊厳を守るための戦い
とある映画を見てきました。
一人火星ダッシュ村と聞いてから見てみたかったのです。
おもしろかった。とてもおもしろかった。それは間違いなかった。
しかし、それを上回る勢いで
すっげートイレに行きたかった。
違うの。ちゃんと、ちゃんと見る前にトイレ行ったんですよ。
チケット買って、時間あったからちょっとあちこち見て、
それからトイレに行って飲み物とサツマイモスティックのセットを買って入場したの。
タンクは空にしてから見た。
今までの人生で私映画の途中でトイレに立ったことはなかったのよ。
小さい頃にはだしのゲンを見た時は怖くて途中ちょっと逃げたけど、
それは尿意のせいじゃなかった、うん。
でもこの映画を見始めてけっこうすぐ。
ええ、まだ序盤のあたりで、なんか空調がちょっと変わって寒くなったのです。
その後くらいからひたひたとせまるものが、ですね。
最初は気のせいだと思ったのです。
だって、行った! 見る前に行ったんですよ。
ちなみに、知りたくないかもしれませんが私の普段のトイレ間隔は結構長くてですね。
朝昼晩寝る前くらいで別に困ることはないくらいです。
時に別に行きたくないけどいっとくか、くらいなものでせっぱつまって行くってことはあまりありません。
なのに……。
この急に襲い掛かった尿意に私は困惑するしかありませんでした。
確かにジュースは飲んだ。Mサイズを買いました。
でも、全部飲んだわけじゃない。まだ半分くらい残っている。
おかしい、おかしいけれどこれは現実。
私はトイレに行きたい!
しかし問題なことにこの映画は面白い映画でした。
とても面白い映画で、とてもとてもスピーディに話は進んでいきます。
くそう、面白いから席を立ちたくねぇ!!!
そう、ちょっと目を離した隙に、またどんなアクシデントが起こり、それをどう力技で解決しているか、わかったものではないのです。
これが面白くない映画なら、即座に席を立ってゆうゆうとトイレに行けたでしょう。
しかし、面白いんですよ。
主人公くんはとても前向きで、どんな困難もひとつひとつ粘り強く立ち向かって解決していくわけです。おっもしろい!
そう、NASAのビニールシートとダクトテープは万能なのです!!
これを見終わったら、私、ダクトテープを買って車に積むわ!
そう思えるような素敵な映画です。
いや、その前にトイレです。
刻々と時間が経ち、ストーリーはどんどん佳境に向かいます。
私の体内の緊張も刻々と高まります。
すごい見たい。見ていたい。見ていたいんだけれど、私の限界はどこだろう……。
もういい大人として、粗相というのは許されない事態です。
くっ、あとどれだけ、どれくらいあるのよこの映画は!!
あらすじというか予告を見た時点で最後どうなるのかは、みんなわかっている映画だと思います。
そこにいたるまであとどれくらいの時間があるのだろう。
えっと今救出計画が本格的に動き出したわけだから、今から巻いていっても……。
残された時間を推測しつつ、体内に語りかけます。
いける? あなたは耐えれる? 大丈夫?
無理かもしれない?
そんな弱気なことでどうするの!?
このまま緊張に満ちたクライマックスを迎えるか、一時避難するか。
すごく葛藤に満ちた時間を過ごしました。
しかし、一時避難するにも問題があります。
映画を見るにあたりとてもいい席に陣取ったために、退避するには人によけてもらわないと
いけないのです。
この映画を楽しんでいる人に一時とはいえ迷惑を掛けるのは偲びない。
けれど、こちらにも事情がある。切ないがそこは耐えてもらいたい。
立ち上がろうとして鞄を掴み腰を浮かしかけ、
いや、まだ耐えられる。と体勢を立て直す。
そんなことを何回繰り返したことでしょう。
繰り返しますがこの映画はとても面白い映画です。
こんな気もそぞろで見たのに面白かった。すごいぞ。
いろいろ考えた結果。私は一時退避を選びました。
ちゃっと行って、すって戻ってくればいいのです。よけてもらわないといけない人ごめん!
それでも映画を見ながら、まだ今ならそこまで事態は動かないだろうという場面を選んで、私は立ち上がりました。
ごめんなすってと右手をかかげ、手刀を切りつつ、風のように劇場内を早足で、音を立てぬように駆け抜けます。
そして扉までやってきた私は、そこで絶望することになりました。
あ、あれ? 開かない。
そっと押した扉はとても重厚で、動きません。
えっ? えっ?
私はパニックになりました。
どうして開かないの?
鍵がかかっているの?
扉の下に鍵っぽいところがあるのでまわそうとしますが固くて動きそうにない。
えっ? 閉まってる? どっかにボタンとかあるの?
非常時にはどうするのよ。人を呼ぶとか映画中だし無理だよね。
えええ、どうしよう。
パニックです。
もう諦めてまたそっと席に戻ることも考えながら途方にくれました。
まあ、単に扉が重かっただけで強く押したら開いたんですけどね。
なんか押したら開いた時にはモーゼの気分でしたよ。
神はおられた! この奇跡を見よ!
そして、外に出てトイレに駆け込み、私は人としての尊厳を守ることに成功したのです。
急いで戻って主人公くんの活躍を今度は心穏やかに見守ることができました。
とてもスッキリできるいい映画ですよ、この映画。私はお薦めします。
映画を見ていたら急にトイレに行きたくなってしまった話 相内 友 @aiutitomo
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