第12話 旅の支度を整えて
1月の半ば。ゼミの修士2年の皆さんは修論を終え、遊びに行こうとしているらしい。
次回のゼミまで数日あるのをいいことに、ホワイトボードにあれこれ行きたい場所を書き付けている。
トークアプリでやり取りすればいいのに。
ボードには、ここからはちょっと遠いW県のX湾とか、すぐ隣のL県のでっかい自然公園とか、都会のシネコンまで、国内の観光名所から近所のレジャースポットまで雑多に挙がっている。
行き先を挙げているのは十郷さんと四方田さんで、八戸さんと三堀さんはそれにアレコレ口出ししている。
十郷さんと四方田さんは、遊びの計画に関わろうとしない二木さんを何度もちらちら見ている。
今までなら、複数人でどこか遊びに行くって話になると、二木さんが率先して計画をまとめて日程調整もしてくれていたのに。
今日の二木さんは、穏やかな顔で黙ったまま、皆を見つめている。
……デパ地下試食巡りしようぜ、って四方田さんが言ったときだけ、店の迷惑になるだろって言下に止めていたけど。
「なぁ、二木、ここどう思う」
四方田さんが焦れて名指しで意見を求めて、
二木さんは、
「どう思うも何も、……皆が行きたいなら良いんじゃない?」
困ったように微笑んで、当たり障りのないことしか返さなかった。
気さくで、いつも快活に笑ってて、僕にも優しくて、でも真面目で。
このゼミの調整役でありムードメーカーだった、と僕は思ってる。
やっぱり津田さんが帰ってきてから、二木さんは少しよそよそしい感じがする。
二木さんのせいじゃないのに。
その一方で、津田さんは山で消える前も帰ってきた今も、全く態度が変わらない。
そんな、神隠しなんてありませんでした。
と言わんばかりに、平然としている。
ちょっとムカつくぐらいに、なんも変化がない。
夏の神隠しと津田さんの失踪、そして二木兄弟の謹慎の真相は、修士1年の2人には秘密のままなので、修士1年の2人が居るときは、二木さんも今まで通りの“笑顔を絶やさぬ優しくて明るいお兄さん”でいてくれる。
だから一層、同期と僕しかいないときの二木さんの、どこか一歩引いている感じがはっきり分かる。
なんだか、寂しい。
そこへ、津田さんが、給湯室からいつもの湯飲みにコーヒーを淹れて持ってきて、二木さんの隣に座った。そしていきなり言った。
「……なつる。〇〇の新作映画、明後日の土曜日、観に行こ」
映画もいいな、なんて十郷さんが口を挟んだけれど
「なつる。僕と二人で。嫌?」
十郷さんをぴしゃりと拒んで、津田さんは二木さんを誘った。
振られてやんの、と三堀さんは十郷さんをからかった。
二木さんは少し驚いて津田さんを見つめ、
「……お前こそ、俺と出かけるなんて、嫌じゃないのかよ。俺のせいで大変な目に遭ったってのに」
「君のせいではないよ。それに、別に、大変ではなかった。ただ、時間をかける必要があっただけで」
津田さんは落ち着いた声で二木さんに答える。
「君が、いつもの調子に戻ってくれないと、何だか僕の気持ちが落ち着かない」
そう津田さんが優しく、でもはっきり言った。
……津田さんでもそういうこと思うんだ。
「ねぇ、なつる。僕とデートして」
津田さんの言葉のチョイスに、二木さんが目を丸くし、そして、はははっと声を上げて笑った。
それから、軽く目頭を押さえて
「……津田からデートにお誘いされたら、断れないな」
泣き笑いの顔で二木さんは応じた。
津田さんは嬉しそうに微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます