南天と柘榴

赤月六花

第1話

バチン!「痛っ!」



  

 手のひらに取り出した赤いのど飴を見て、その時の光景を思い出し不謹慎な思いに駆られる。


 (今から受験なのに。)


 落ちた赤い雫。眉を顰めた瑞樹みずきの顔。


 あの瞬間、体の中心でぞわりと何かが疼いた。


 

 

 ちょうど去年の今頃、1年先輩の瑞樹が大学受験を終えてそのお祝いでピアスを開けたいと言い出した。

 合格発表もなんなら卒業式もまだなのに、今開けちゃったらいけないんじゃないかと私が言ったら、今じゃないと意味がないと言った。

 

 私の誕生日だからと。

 

 私の誕生日でなんで瑞樹のピアスを開けるのを手伝うことになるのだろうと思ったが、まあちょっと早いお祝いということでいいかと思って、言われる通りにした。

 受験終えたばかりなのに、合格発表までの心配など瑞樹には皆無のようだった。(実際余裕で合格だった。)

 

 瑞樹が自分で両耳を氷で冷やし消毒したあと、私がすぐにピアッサーで開ける。

 なんで自分で開けないのか聞いたら、自分でやると鏡を見ながらでも位置がわかりづらくて失敗しそうだから、手伝ってほしいということだった。


 しかしいざ開けるとき、ちょっと怖くなってためらってしまい、タイミングが遅れたことで熱が戻った耳にピアッサーが貫通して、瑞樹が悲鳴を上げた。


 「ごめん!」


 やってしまった!恐怖と罪悪感でうろたえる私に、瑞樹は「大丈夫」と笑ってみせた。


 泣きそうになりながら、だけど私はそのとき瑞樹の苦悶の表情に興奮を覚えた。

 


 瑞樹とはサッカー部の主将とマネージャーというありきたりな組み合わせで親しくなった。

 カッコよくて何をやっても上手いし成績優秀だし、何より細やかな気遣いがあってとにかくモテた。


 瑞樹に憧れて入部したのもあるので下心があったと言われればそのとおりだが、隣りにいて気後れしつつも鼻が高かった。


 大学もそのままスポーツ推薦で行くのかと思いきや、プロ選手として食っていけるとは自分の実力では思えないから、それに近いところで関わりたいと言ってスポーツ学のあるところを受験に選んだそうだ。

 

 その話をしているとき、どうせだったら明里あかりも同じところを受験しなよ、スポーツ栄養士とかどう?と、瑞樹に提案されていた。


 食に関する仕事に就きたいとは確かに思っていたし、何より瑞樹と一緒の大学に行けるのなら、と私も同じところを目指すことにした。



 

 手のひらに転がした『南天のど飴』を一瞬見て、すぐ口に放り込む。


 瑞樹がいつも持っていたのど飴。

 カラカラと音を立てて、朝一粒。

 元気が出るお守りみたいなものだと言っていた。

 

 普通の飴玉とは違うんだから幾つも食べるものじゃないよと私が言うと、幾つもは食べないよ、ばあちゃんからよくもらったから持っていないと落ち着かなくなったんだよね、と言っていた。

 そのうち私も真似して持つようになった。

 

 寒空のもと赤い飴玉を見て、図らずも熱くなった体と頭を引き締め直して受験会場に乗り込んだ。



 

 無事に受験を終え、しばらくして家に瑞樹が訪ねてきた。


 「誕生日おめでとう!と、受験お疲れさん。持ってる?」

 「……ありがとう。持ってるけど、本当にやるの?」


 クリニックでやりたいんだけど。そう言う私を無視して瑞樹はバッグから綺麗にラッピングされた包をくれた。


 「わあ……。」思わず感嘆の声が漏れる。


 包の中に小さな化粧箱があり、その中に深い赤のピアス。


 「約束のガーネットだよ。ほら、あの雑貨屋の。」


 イチョウ並木通りの商店街にあるパワーストーンを扱う雑貨店だ。

 ヒョロっとしたお兄さんとイケ渋なおじさん二人でやっているお店。

 学校の帰り、私はいつもその店で足を止めてそのガーネットのピアスを眺めて呟いていた。


 『いつか誕生石のピアスをつけたい。』


 それを聞いた瑞樹が「だったら一緒にしようか!」と言い出して、お互いに卒業するときにしようということになったのだ。


 瑞樹は待ちきれず、受験終わったと同時に開けてしまったのだけれど。


 まじまじと瑞樹の顔を見つめる。

 瑞樹のピアスホールはあのあと結局クリニックでちゃんとしてもらって、今は綺麗に開いている。

 その綺麗な耳たぶには、去年つけた赤いガラスのピアス。


 そのときに渡された誕生日プレゼントは私が好きなスイーツ店のお菓子と、瑞樹と同じ赤いガラスがくっついたピアッサーだった。

 本物は来年、私が卒業するときにあげるからと言っていたが、今は受験終わったばかり。やっぱり卒業待っていない。


 「瑞樹は自分の誕生石のじゃなくていいの?」

 「7月はルビーだからどっちにしても赤だよ。」


 瑞樹はそう言うと、ほら準備して!と私のピアスホールを開ける儀式を始めようとする。


 ちゃんとしたクリニックで開けたいんだけどなあ、という私の抗議を再度無視しながら、手と耳を綺麗に消毒して、氷で冷やして……。

 顔の前でかいがいしく動き回る瑞樹を肌で感じながら、私は体がざわつき始めているのを自覚した。


 瑞樹の匂い、呼吸、私の耳に触れる指……。

 

 クスリと瑞樹の笑う息が耳にかかる。


 「意識しすぎ。耳赤くなってる。それじゃ痛覚半端ないよ。」

 「い、意識なんてしてない。」


 不自然にもじもじしながら目を逸らそうとすると動かないでと言われ、顔を上げたら真正面から瑞樹が見つめていた。


 潤んだ大きな目、通った鼻筋、プルプルの唇は赤いグロスで余計に色気が増している。

 ショートヘアにピアスがよく映えていた。


 見とれていた私にいきなり衝撃が走った。


 バチン!「痛っ!」


 ポタリと落ちた赤い雫は、のど飴のような丸い玉。


 「明里に貫通させちゃった。」


 眼の前の瑞樹の唇が、綺麗な弧を描いていた。

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南天と柘榴 赤月六花 @stella1103

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