第13話 ローブを編む代償2

グネビアはようやく言葉を発することができた。




「今、辺境デザートでは多くの魔物が出現して、そこに住む臣民を苦しめていることは私も良く知っています。魔物を討伐できるは、ランスロ様しかいらっしゃいません。無事に任務を果たされ、臣民をお救いください。」




「まだ16歳ですが、私は、騎士としての義務を立派に果たします。ただ、魔物を討伐したあかつきには、領主になることは辞退しようと考えています。」




「どうしてですか。」




「辺境デザートの領主になってしまうと、ここに帰って来ることができなくなります。このように、レディとお話することができなくなります。私が生きる最大の目的が無くなってしまいます。」




「えっえっ‥‥  」




 グネビアはランスロの気持ちを受け止めて、顔を真っ赤にした。




「そのように言っていただいて、とてもうれしいです。」




「騎士に任命されたお祝いとして、国王から宝剣プライラスを下賜されました。レディのことを考えてプライラスを振ります。そうすることで、私は何倍も強くなれるような気がします。辺境デザートに着任したら、魔物の討伐を速やかに終わらせます。」




「無理をしていただきたくはないのですが、どのくらいの期間ですか。」




「1年です。」




「いつ出発されますか。」




「明日です。臣民を救うために、できるだけ早く行くべきだと父上から言われました。」




「御武運と、無事の御帰還を。」









 ランスロが辺境デザートに向かった次も日の夜も、グネビアはアラクネの糸を集めるために森に向かった。




 歩きながら、心の中で何回も自分を励ました。




(ランスロと遠く離されたのが、魔女様に運命の糸をとられたことが原因だとしても、全く問題ないわ。運命の糸は無限に巻かれているから、2人の固い絆は絶対に絶たれない。むしろ前より強くなるわ。)




 森に着いて花々の前で、鏡で月の光を反射させると、いつもは一匹だけなのに、数十匹の白い蜘蛛が天空から降りてきて、反射させて映し出された月の光道に銀の糸を吐いて多くの巣を作り始めた。



(大きな代償を支払ったから? )

 それを見たグネビアは大きな不安にさいなまれ、銀色に変わっていた数十匹のアラクネに大声を上げた。




「止めて、あなた達の糸はもういらない。これ以上、運命の糸を代償にはしないわ。」




 グネビアはアラクネを振り払おうとしたが、その手を寸前で止めた。




 自分自身に強く言い聞かせた。




(グネビアだめよ。信じなくちゃ。)




 その後、グネビアは泣きながら静かに、いつもより何倍も長いアラクネの糸を籠に入れた。







 その一部始終を離れた場所で見ていた者がいた。地の果ての崖にある小屋で、魔女が水晶をのぞいていた。そして言った。




「良く耐えたね。気丈な娘、絶対にやり遂げるんだよ。」







 砂風が吹きすさび、太陽は容赦なく照りつけて、空気はからからに乾いていた。




 辺境デザートで、騎士ランスロは軍勢の先頭に立っていた。自軍約5千人に対して、対峙している魔物の数は数万に達しようとしていた。




 副官が言った。




「騎士様、魔物の数が多すぎます。どうしましょうか。」




 その顔は、撤退を勧めていた。




 それを聞いたランスロはとても真剣な顔をして応えた。




「このぐらいの数であれば、宝剣の力を使い私1人で討伐できます。みなさんは少し下がってください。」




 副官は驚いたが、国中の期待を集め、16歳で騎士となったランスロを信じた。副官は指示した。




「伝令、1マイル後退を告げよ。」




 ランスロはその場に1人残り、宝剣プライラスを鞘から抜いた。手にしたプライスラスが震えた。




 数万の魔物がランスロ目がけて襲いかかった瞬間、宝剣プライスラスが振り下ろされた。同時にランスロは叫んだ。




「グロリーブルーアイ。」




 宝剣プライスラスの剣戟は、青い神の手のようになって、魔物の大軍を一瞬で消し去った。それを見ていた自軍の将兵は、奇跡を見た驚きでしばらく沈黙したが、やがてランスロを讃える大歓声が起きた。




 プライスラスを鞘にしまい、ランスロは自軍がいる場所まで歩いて近づいた。その姿が見えると大歓声はさらに大きくなった。




 副官が、ランスロに聞いた。




「『グロリーブルーアイ』とは青竜の目のことを言われているのですか。」




 大勢の将兵が聞いていたので、ほんとうのことは言えなかった。




(国中に私の気持ちが知られてしまう。)




「………はい、そうです。」








 宝剣プライスラスを下賜される儀式があった。国王の前で、騎士のマスターである父親の公爵が、ひざまづいたランスロにプライラスを授けた。




 その時、父親が言った。




「ランスロ、この剣は、この剣を振る騎士の心を映す。だから、最強の力を発揮することもあるが、反対にほとんど力が出ず、普通の剣になってしまうこともある。だからこの剣を振るときは、自分を励まし勝利を確信できる言葉を選んで、思い切り叫ぶんだ。」




「父上、グレイトマスター、御教授ありがとうございました。」








 やがて辺境デザートでの戦いの大勝利は、国中に広まっていった。グネビアの家が建つ公爵領の町にも、号外を知らせる大きな声が鳴り響いた。




「辺境デザートでの戦いは、騎士ランスロ様が宝剣プライスラスを一降りして、魔物の大軍は全滅したよ。ランスロ様は『グロリーブルーアイ』と叫んで、青竜の力も借りたんだ。」




 号外は部屋の窓から外を見ていたグネビアにも聞こえた。




「ランスロは『グロリーブルーアイ』と叫んだんだ。」




 そう言った後、心の底から笑った幸せな顔になった。




 そして、その美しい青い瞳は輝いた。




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