第8話
何を今更、この歳になるまで一度も会いに来なかったくせに。
高校生になったからと行って、俺があの人を許すとでも思ったのだろうか。
俺はあの人を一生許さない、俺だけじゃなくひよりさんまでもを不幸にしたあの人だけは。
「お前なんでお父さんいないのー?」
「コイツ捨て子らしいぜー、なんで保育園きてるんだよー」
「やーいやーい、捨て子捨て子ー」
子供のころに散々言われた言葉。
昔に封印したはずのどす黒い感情があふれてくる。
(俺なんて、産まれてこなければ良かった)
何度そう考えただろうか。
母さんを殺し、父親の心を壊した、あげくには日和さんの未来をも奪ってしまった。
バンッ!
うちを飛び出して走りだしていた。どこをどう走ったのかわからない。
雨が降り出している、気づけば灯火の家の前まで来ていた。
自分の部屋から見えたのだろう、灯火が心配そうに玄関から出てきた。
「なにやってんのよあんた、……とりあえず入りなよ」
灯火が家の中に入れてくれる。
「すぐにお風呂沸かすから暖まること、着ている服は全部脱いで、すぐに洗濯するから」
言われるがまま、脱衣所に行き、服を脱いで風呂に入る。
父親が来る?なんで?今まで俺を放っておいたくせに。
さきほどからその想いがぐるぐると頭の中に渦今いている。
灯火が大きめのスウェットを用意してくれていた。
風呂からあがった俺はタオルで乱雑に頭をふきながらソファーに腰をかける。
「コーヒー、砂糖とミルクで良かったよね」
「……明日さ、俺の父親が来るんだって」
「今まで俺とひよりさんを放っておいたくせに、今さら何しに来るんだろうな」
「俺のこと、恨んでいるんだろうな」
「なあ、俺はやっぱりいらない子だったんだよ、俺が産まれたせいで母さんは死んだ」
灯火は隣で静かに黙って俺の話を聞いてくれる。
今までずっと心の奥底に封印していた感情があふれてくる。
バンドをやってどれだけ楽しくてもぬぐうことのできなかった俺自身の闇。
ずっと思っていた、こんな俺が幸せになんかなれるはずがない。
かつて見たライブ映像のように、誰かを幸せにすることもできない。
見えないように蓋をしていただけだったんだ、ああ、俺は何も乗り越えられていなかった。
「……産まれてくるべきじゃなかった」
そう言った瞬間、灯火が俺の胸倉をつかむ。そのままソファーにたたきつけられた。
「あんた、それ本気で言ってる?」
「……あんたは間違ってる!あんたはいらない子なんかじゃない!」
「あたしがつらいとき、いつもそばにいてくれた」
「黙ってあたしの手を握って、大丈夫だって言ってくれた」
「私はあんたの優しさに救われたの!そんな人が!いらない子だなんて、言わないで」
それは悲痛な叫び、まぶしいほどに真っすぐでウソ偽りのない言葉。
普段はクールで弱みをあまり見せない灯火が泣いていた。
ああそうか、俺は灯火に救われてばかりだと思っていたが、俺も灯火を救うことができていたんだ。
そのままソファーに押し付けられたまま、優しく頭を抱きしめられた。
「大丈夫、あんたはいらない子なんかじゃない、誰かを幸せにしてあげられる人」
俺の目に一筋の涙が伝う。
あれ、俺泣いているのか。本当は怖かった、いらない子、それを認められたら、怖くて仕方なかったんだ。
「こんな俺でも人を幸せにできるんだな、……生きてても、いいんだ」
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