不真面目ナ世界ノ救イ方

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全ての始まり、全ての終わり

第1話 日常と非日常

「おい終わったのか?」


 冷え切った地下に冷たい声が響いた。

 小さな体がびくりと震える。白い髪から除く白い肌が蒼褪め、やせ細った腕でその手に抱えていた黄金の塊・・・・を一層固く握りしめた。


 言葉も発さず座り込む彼女を苛立たし気に睨んだ男は舌打ちを一つ、少女の腹へブーツの先をめり込ませる。


「うっ……やめて……」

「相変わらず気色悪いガキだな」

「おい。貴重な『色彩』持ちだぞ、壊すなよ」

「ちょっと小突いただけだろうるせえな、どうせ死なねえよ!」


 相方の小言が癇に障ったのだろう、うす暗い地下に男の怒声が響く。

 これも少女にとっては慣れたもの。怯えはなく、うめき声だけを上げて動くこともなく転がっている。

 そもそもどうしようもない。彼女の脚の腱は既に切り取られている、二度と両足で歩くことなど敵わないのだから。


 だがそれが、逆に男の癇に障ったのだろう。

 荒々しい手つきで彼女の髪の毛を握りしめると、粗暴に握り上げた。


「なにせこいつはもう五十年もこき使われてるエルフ様なんだからよ!」

「やめっ……!」

「五年前にここへ来た時から今も大して見た目なんて変わってねえ、本当に気持ち悪い種族だぜ!」


 弱弱しい悲鳴。血のように真っ赤な瞳へ涙が浮かび、地下室の小さな明かりに照らされる。

 そして少女の腕からは、二つ・・の黄金が転がり落ちた。


「なんだもう出来てるじゃねえか」


 男たちが少女を投げ捨て、嬉々として増えた・・・金塊を抱え上げる。

 少女の掌に収まる程度とはいえ十分、これを闇市で売りさばくだけでこの二人が一月は遊んで暮らせるほどの額になるだろう。


「ったく態度は悪ィが本当に役に立つ『色彩』だぜ!」


 粗暴な男が金塊を傍らへ放り投げた。

 薄暗い地下でもその輝きが衰えることはない。既に山となった黄金の塊は箱から溢れんほど、目もくらむ財宝とはまさにこのことを言うのだろう。


 色彩。

 それはこの世界に生まれた誰もが持つ『能力』。

 その能力は単純な水を操るものから、飛行、破壊と十人十色。

 少女の色彩は『増加肥大』。速度こそ酷く遅々としたもの――具体的には一つの金塊を増やすのに半日――彼女の手にかかれば文字通り『全て』が意のままに増加する……そして、消滅することはない。


『ああ……可哀そうだ』

「え?」

『この国は腐っている、この世界は腐っている。輝かしい『色彩』に塗りつぶされた弱者が、暗闇の中にごまんと犇めいている』

「だ……だれ? どこ……?」


 気力もなく横たわっていた少女が、突如として周りを見渡し始める。

 男たちは彼女のそんな姿を見たことすらなかったのだろう、いくばくかあっけにとられたように固まり、思いだしたかのように声を張り上げた。


「さっきからうるせえぞガキィ!」

『救いだ』


 粗暴な男が少女へ近づく。

 慣れた様子でこぶしを握り締め、唾を飛ばしながら近づく様はさながら悪鬼だ。

 少女の体格と比べずとも筋肉質な体、言動からしてもその先に何を行おうとしているかは明白。


 されど彼女は動きを消して止めなかった。

 呆れたように相方がため息を漏らす。


「お前が甚振るせいで頭壊れちまったんじゃねえのか、だから言ったんだ」

「うるせえ! 軽く小突いただけだって言ってんだろうがクソがッ!」

『腐った世界には救済がいる。お綺麗な光じゃない。ドブ底に沈んだ弱者の救済は、ドブ底の救世主だけが出来る』


 少女の赤い目が見開いた。

 まるで神にでも祈るようにその場へ膝をつき、両手を合わせた。


「きゅうさい……すくい……」

「チッ、クソガキがッ! 意味わかんねえことぶつくさ言いやがって!」


 男の拳が少女の腹へ突き刺さった。

 ぐらりと揺れる体、横たわるはずの体。

 だが今日は違った。


『お前を救いたい。お前の全てを俺に捧げろ』

「すくわれる……わたくし……」


 少女は立ち上がった。

 呆然とした顔で、定まらぬまま。

 うわ言の様に救済を口から溢し。


 ただでさえ普段から顔も動かぬ少女の、あまりに異様な様子に男は怯えた。

 わずかに後ずさりをし、後ずさりしてしまった自分自身に苛立ちを覚えたように強く舌を打つ。


「はぁ……チッ、しょうがねえな」


 再び拳が大きく振りかぶる。

 今度は腹ではない。少女の小さな頭だ。


「貴方の……名前は……?」

『オレ? あー……』

「おらっ! 直れっ!」


 生鈍い音が地下室へ響く。

 垂れる朱、よろめく小さな四肢。されど組まれた掌は決して解けない。


 腐りきって淀んだ目だった。

 この五年男たちが見てきたその眼は、今ギラギラとした輝きに満ちていた。

 明らかに常軌を逸している。さながら薬を与えられた中毒者、鬼気迫る表情と態度に二人は気圧される。


「くそっ! くそっ!」

「お、おい……それくらいにしとけよ。ちょっとヤク打って落ち着かせよう」

『救世主だからなァ……サイア、今考えた。お前の名前は?』


 紅く腫れた頬、腹、傷に塗れた両腕を少女は突き出す。

 真っ白な髪をかき乱し、深紅の瞳を見開いて。


「ら……ヴィーにゃ……ラヴィーニャ。サイアさま、わたくしのぜんぶをあげます。だから……」


 ラヴィーニャには何も見えていなかった。


「だから、ぜんぶこわして」


 だが確かに、を視たのだ。

 この薄暗く、苔むした地下室で。


「なっ、おい……」


 深紅の瞳が男たちをねめつけた。

 口元にくっきりとした笑みが浮かぶ。侮蔑か、狂気か。

 ただ一つ言えることは、彼女が浮かべるはずもない表情ということだけ。


「斬れてる、んだよな? 脚……」

「ああ斬った、治るわけねえ。確かに……焼き付けてやったんだ……」


 男たちが怯えながらも傍らに転がっていた刃を握りしめる。

 所詮少女の『色彩』は貧弱、その体も矮小となれば、多少暴れようとさしたる脅威ではない。

 何度か暴れたこともあったが何大したこともなかった、そのたびに男たちは簡単に取り押さえてやったものだった。


「おいガキ! 動くなよ!」

「死んじまったらボスに何されるか分かったもんじゃねえ、俺たちもそう苦しめたくはない。だから――」


 それは男の警告を鼻で笑う。


「お前を救おう、ラヴィーニャ」


 『少女』が立ち上がった・・・・・・

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