第1話



 澪の葬儀から一週間後、私の携帯に見知らぬ番号から着信があった。


「佐藤先生ですか?私、澪の母です」


 電話口の声は震えていた。


「実は、娘の遺品を整理していたら……奇妙なものを見つけてしまったので、先生に見ていただきたいんです」


 翌日、私は柊家を訪れた。澪の母、ひいらぎ恵子けいこは憔悴しきった様子で私を迎えた。


 彼女が差し出したのは、一冊のノートだった。表紙には澪の丸い字で『記録』とだけ書かれている。


 ページを開いた瞬間、私の背筋に冷たいものが走った。



2010年3月15日

今日、佐藤先生と出会った。

この人が、全ての始まりになる。

計画通り。



 私が澪と初めて会ったのは、確かに3月15日だった。だが、とは何を意味するのか。


 ページをめくると、そこには私の日常が事細かに記録されていた。私が朝何時に起き、何を食べ、誰と会い、何を話したか。まるで監視されていたかのように。


「これは……いつから書いていたんですか?」


「入院する前からです。半年以上前から」


 つまり、澪は私と出会う半年も前から、私のことを知っていたということになる。


 しかし、それは不可能だった。私たちは病院で偶然出会ったはずだ。彼女の主治医からの依頼で、私がカウンセラーとして派遣されただけ。事前に接点などあるはずがない。


 ノートの最後のページには、こう書かれていた。



佐藤先生へ


これを読んでいるということは、私はもう死んでいるんですね。

ごめんなさい。私、先生を巻き込んでしまいました。

でも、もう止められません。

が先生を見つけてしまったから。


先生、逃げてください。

信じられないかもしれませんが、先生の人生は

もうすでに始めています。


本当のことを知りたければ、

2011年4月23日、午後11時23分に

渋谷スクランブル交差点の中心で待っていてください。


そこで全てが分かります。

そして、全てが終わります。


柊澪



 私は思わずカレンダーを確認した。今日は2010年9月10日。


 澪が指定した日付まで、あと七ヶ月以上ある。


「先生……これ、どういう意味だと思いますか?」


 恵子の問いに、私は答えられなかった。


 ただ、一つだけ確信したことがある。


 澪は何かを知っていた。そして、そのは私の人生を根底から揺るがすものだった。

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