第18話 婚約の象徴としてのペアリングの約束と四者会議の終了
**視点:美咲(私)**
雅美(悠人の母)は、ローテーブルに手を伸ばし、私たち二人の覚悟の誓いを静かに受け入れた。香織(私の母)による「強制的な嫁入り」という強硬な要求と、それに対する雅美の「後継者夫婦の育成」という戦略が一致したことで、この四者会議は、私たち二人の愛の衝動が社会的な契約へと昇華する、厳粛な儀式となった。
雅美は、湯呑みを持ち上げ、一口水を飲んだ。その動作は、議論がすべて尽くされたことを示す、静かな区切りだった。ローテーブルには、家計簿の手帳、湯呑み、そしてハンカチが残されており、まるで、この場で結ばれた契約の証拠品のように並んでいた。
「では、修行生活のルール、並びに両家の経済的な役割分担については、すべて合意したと見なします。悠人、美咲さん。あなたたちの愛を、この高橋家と川上家、そして地域社会の信用を背負う、責任ある愛として完成させなさい」
雅美は、厳しいが、その言葉には私たちへの期待も込められているように感じた。彼女は、私たち二人の手を、優しく、しかし確かな力で包み込んだ。彼女の指先は冷たかったが、その手のひらからは、社長夫人としての、揺るぎない権威と力が伝わってきた。彼女は、私が高橋家の体面にふさわしい妻となるための、指導者の責任を今、引き受けたのだ。
悠人は、雅美の手を握り返すと、雅美に向かって深く頭を下げた。それは、息子として、そして一家庭の責任者として、雅美の提示したすべてのルールと権威を、受け入れたことの表明だった。彼の背中には、もう戸惑いの影はない。愛の情熱を、責任という名の重い鎖で、自ら縛り付けた男の覚悟が漲っている。
次に、香織が、その場の重苦しい緊張を解くように、穏やかな表情で口を開いた。香織は、ローテーブルの上にあった、家計簿の手帳をそっと引き寄せ、雅美に預けた。彼女の顔は、娘の将来の安定に対する安堵と、娘を隣家に追い出すという苦渋の決断の、複雑な感情で満たされていた。
「雅美さん。娘をよろしくお願いいたします。美咲には、生活能力がないという、身体的な欠点よりも厄介な弱点がございます。ですが、悠人くんの優しさと、雅美さんのご指導があれば、必ず克服できると信じております。私も、毎週の経費報告と、娘の修行の進捗状況を、厳しく見守らせていただきます。娘の逃げ場は、一切残しません」
香織が、私のBカップコンプレックスではなく、生活能力の欠如という新たな弱点を「厄介な弱点」と表現したとき、私は、母の愛情の形が、いかに現実的で、厳しいものだったかを痛感した。私の衝動的な愛情確認の代償は、永遠の課題として、私に課せられたのだ。私の独占欲は満たされたが、その代償として、私は妻としての能力を求められる。
悠人は、私の方を向き、そっと微笑んだ。その眼差しは、私にだけ向けられた、甘い、秘密の光を宿していた。この厳粛な契約の場に、私たち二人だけのロマンスの要素を、彼は持ち込んだ。
「美咲。最後に、婚約の証として、ペアリングを贈る約束をしただろう。今すぐではないが、この四者会議が終わったら、二人で選びに行こう。結婚指輪ではない。これは、お前と俺が、共に修行を乗り越えるための誓いの象徴だ。お前がその指輪を見るたびに、俺が高橋家の責任を背負い続けることを思い出せるように」
私は、彼の言葉に涙が滲んだ。それは、金銭的、社会的な責任の重さに押し潰されそうになっていた私にとって、唯一の甘い救いであり、私たち二人の愛が、大人の契約という冷たい現実の中でも、ロマンチックな情熱を失っていないことの証明だった。彼の指の温かさが、私の指先の冷たさを包み込む。このペアリングは、私にとって、逃げ場のない永久就職を象徴する、小さな宝石となるだろう。
雅美は、悠人の提案に満足そうに頷いた。彼女は、息子が妻の感情を配慮しつつも、契約の象徴を設けるという、後継者としてのバランス感覚を持っていることに、指導者として安堵したのだろう。
「よろしい。婚約の証は、必要です。ただし、派手なものは許しません。それは、あなたたちが高橋建設の体面にふさわしい地位を築いてからになさい。最後に、香織さんがおっしゃったように、今夜、両家で細やかな宴会を催します。高橋建設の父や、川上家の父、親戚筋も集まります。美咲さん、悠人。あなたたち二人で、ご両家の父親たちと、集まってくれた親戚たちに、正式な事実婚の挨拶をしなさい。それが、あなたたちの新しい人生の、最終決定になります。この場で、あなたたちの愛が、両家の信用に裏打ちされたことを、正式に示しなさい」
雅美の言葉をもって、四者会議は終了した。私たちは、二人の母親に深々と頭を下げ、リビングを出た。扉を閉じた瞬間、私は隣の悠人の胸に飛びついた。彼の逞しい身体から立ち上る、夜の愛の余韻と、朝の現実の冷たさが混じり合った、複雑な匂いを嗅ぐ。
「ゆうと……! 私、これで、あなたの妻に、なれるのね。逃げ場のない、永遠の妻に!」
私の独占欲は、強制的な嫁入りという、最も過酷な試練を前に、最高の歓喜を得ていた。私たちの契約は、社会によって承認され、今夜、正式に発効する。このリビングでの重い契約が、私たち二人の愛の新しい始まりとなるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます