第3話 その瞳に魅入られて
緊急オペに入るのは初めてだ。しかも頼りにしている片倉部長が不在の中行われる。
ちらりと横目で真弥を見ると、記録を書いている新人に手術の流れや色々なことを優しく説明していた。
血の気が多い手術室スタッフの多い中で、ふわっと全ての空気を丸め込むような穏やかさと、温かい声かけの出来るあの男はかなり珍しい部類だ。
「あー、多分吐くだろうね。真弥くん、クラッシュで」
「はい、押さえます」
「1、2、3……」
麻酔科の本郷先生はすぐさま挿管方法をクラッシュに変えた。若いのに、真弥と本郷先生との鮮やかな連携プレイはベテランの域だ。
マヤ、と言う名前はただの同名だろう。あの人が、こんな場所で働いているわけがないのだから。
「花巻先生、飯塚先生からの伝言で、開腹までは頼むとのことでした」
「ええ!? 俺は研修医ですから、上の先生が来る前に勝手に執刀できないですよ」
そんなことをして、もしも何か起きたら医療事故では済まされない。相変わらず無茶ぶりをしてくる。
片倉部長が居たら大激怒だ。研修医は医師免許があるものの、必ず上の先生の見守りの下でなければ勝手にオペを進められない。
それはきちんと法律でも決められている。全て自分と患者の身を守るためだ。
「出村先生が来ますよ。麻酔導入もしていますし、準備だけしましょうか」
「こんな時に限って部長も居ないっつーのにこんな面子でちゃんと出来るのかよ……」
PHSを記録係の子に渡し、堅祐はぶつぶつ文句を言いながら手洗いをしていると、隣にいた真弥がうっすらと目を細めた。
「先生は、意外と……」
「何?」
「あ、いえ……何でも」
何か言いかけてやめてしまっていたが、一瞬だけ真弥の瞳が優しく微笑んでいたように見えた。
「出来るだけ早く終わらせてください。麻酔の侵襲が大きくなると、リスクも高いです」
「それは俺じゃなくて、おじいちゃんに言ってくれ。俺は研修医だから、自分でやっていい範囲が決まってるんだ」
手洗いを終えて外回りの看護師に術衣を貰う。滅菌手袋をつけていると、同じく手洗いを終えて中に戻ってきた真弥の整った横顔が視界に入った。
うわ──このひと、めちゃくちゃエロいな。
手術室の看護師は目しか見えないからとにかくエロい。特にこの真弥って人は男なのに、佇まいから何か違う。
無意識にかなりジロジロと見てしまっていたせいで、怪訝そうに睨まれた。
「何か?」
「い、いえ……あ、本郷先生、どうっすかね?」
「はあ、全然繋がりませんよ、飯塚先生のPHS」
悲しそうな麻酔科の声にこっちもどうしていいか困惑しかない。麻酔先に導入しろって言ったのは飯塚先生だからな!
既に手洗いが終わっているので堅祐達は不潔なものには一切触れない。
臓器内出血で本来オペも急ぎたいのだが、幸い麻酔導入が早いおかげで、血圧はギリギリのラインまで下げてコントロールされていた。
ただしこのままでは体温が下がるのでエアコンと身体を温める機械を使ってうまくコントロールしていくしかない。
「困りますね、患者さんに対しての対応がなっていない」
そう呟いた真弥は、両腕を清潔に保つ為自分の腕を胸元で組んでいたが、その仕草から何とも言えない色香が溢れていた。
その佇まいとあの瞳を見ていると四年前のマヤと重なる。
堅祐の心臓が激しく脈打った。
おかしい……おかしいって。
マヤさんじゃない。マヤさんじゃないって!
そう思いたい。そう思いたいけれども、この色香にこの瞳。
あの時の気持ちは、あの日のことは、もう忘れようとしたはずなのに……!
また貴方は俺の心を、捕らえて離さないんですか……?
忘れていた恋心に、身体の奥が強烈に渇く。四年間、ずっと我慢していた黒い欲望が再び渦巻いてきた。
茶色がかったアーモンド型の二重の瞳、マスクで覆われている状態で表情までは汲み取れないが、全身から溢れる色気。
どうして彼が此処にいるのだろう。一緒にホテルに入って、身体を重ねたあの日も看護師だとしたら。
仕事を一瞬で失う危険なリスクを背負ってまで身体を売っていたのか、その理由がわからない。
そこまでしてお金が欲しかったのだろうか?
でも身体を売っていることがバレたら、免許だって剥奪されるかも知れないし、こんな大学病院で働けないはず。
飯塚が来るまであれこれ考えていたせいで時間が経つのをすっかり忘れていた。
麻酔導入してから五分後に執刀医の出村が「ごめん、ごめん」と言いながらやってきた。
こんなにあちこちに迷惑をかけているのに、肝心の飯塚はのんびりと手洗いをしている。
「開腹までは俺と花巻でやるぞ、タイムアウト!」
出村のでかい声で一気に空気が引き締まった。
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