第3話

昼時、いつものように昼食に戻ってきた少女。

手にはどこかで買ってきたパンの包みが二人分握られている。

一つは少女の分、そしてもう一つは少女が所属する便利屋の所長でもあるレアリスの分だ。

「戻った」と少女が言うと「ああ」と机の上の本の隙間から所長が返す、なんとも素っ気ない挨拶を交わして少女は買ってきたパンを手渡す。

所長はいつも昼食は仕事場で買って来たものを軽く食べるだけで終わる。

性格としてはかなりの面倒くさがり。読み終えた本や書類、そういったものをそのまま放置する、おまけに掃除は限界を迎えた時にようやく取り掛かるせいで部屋はだいたいいつも荒れている。身だしなみも気にしない人でおしゃれなどには縁も無い。毎日似通った皺くちゃの服ばかり着て長く伸びた髪にはほつれがある、そんな女性。


「今日はどうだ?」


同じように仕事場のソファーに腰掛けてパンを食べる少女に唐突に所長が切り出した。

それが何を意味するのかは聞かなくても少女は分かる。仕事の進捗具合を聞いているのだと。


「鍵を開けようとしなかったので勝手に開けて入り仕事をこなし家の中は終了、あとは庭だけだ、今日中には終わる」


少女は朝からの出来事を淡々と説明する。

勝手に入ったと聞いても所長は眉一つ動かさない。この少女ならそうするだろうと予測していたしそうするからこそ行かせた。


「アリアの様子はどうだった?」


重たげな口調で所長は聞いた。

実のところ一番知りたい情報はこれだった、だからこそ依頼を受けたとか下手な嘘をついて少女に行かせた。

依頼したくせに家にあげないなんておかしい、しかし少女はそこに疑問は抱かなかった。

思惑通りいったと思いつつも少女にはもう少し考える頭を持たせなければとも懸念を抱く。


「顔色が良くない、まともに飯も食べていないんだろうあのままではいずれ健康を害する。だがそれも生きてればの話だが。どうやらあいつは死のうとしているらしい」


少女は昼食片手に冷静に事実を告げる。

気付いていた、床に付着した血や手首の傷の意味を。その上で遠慮も悲哀も含まれていない抑揚のない声で報告出来てしまう。

「そうか」と短く呟いて所長は黙る。


所長とアリアの関係は大したものじゃない。

アリアの両親と面識があり家を訪れたとき話したことがある程度。

その時受けた印象は快活な女の子というものだ。学院にも友達はそれなりにいるようで他愛ない事を楽しげに語りかけてくる。

そして両親との仲も非常によく一緒にいるところを何度も見かける。

数ヶ月前まではそんなどこにでもいる女の子、しかしそれも両親の死で一変した。

人で賑わう商業施設の中での銃乱射、運の悪いとしか言いようのない事件に出かけ先で巻き込まれてアリアの両親は身体に銃弾を数発打ち込まれて息絶えた。

とにかく酷い現場だったらしい。

血が飛び散り、死の匂いが辺りを漂う。

その悲惨さを視覚と嗅覚両方に訴えかけてくる。

そんな場所でただ一人生き残ったアリアの姿はある人が見れば奇跡的に生き残ったとても幸運な女の子‥‥‥‥だが違う、そんなものは周りが勝手に抱いた幻想に過ぎない。

当人からしてみれば周りと同じように死んだのと変わらない地獄を味わっているのだから。

目の前で多くの死を目撃しその中に両親まで含まれていては当然だ。

十六歳の子供が受け入れるには大きすぎた。

アリアはそれ以来人と関わろうとしなくなった、誰が来たって相手にせず、頼れる身内もいない。

瞬く間に自身を孤独に追いやった。


この事件は多くの悲しみを生んだ凄惨な事件として人々の記憶に残されているが一つ大きな謎も残していた。奇妙な事に多くの死体の中に一般人のものの他に犯人と思われる人物の遺体もあったのだ。

首を綺麗に裂かれた犯人の遺体が三つ、誰の仕業なのか判明していない殺人が発生している。

被害に遭ったのが凶悪犯という事もあり犯人を英雄視する声もあったが殺人は殺人、犯人の特定の為に警察がきっちりと捜査するも未だに逮捕には至っていない。


「金をくれ」


昼食を食べ終えた少女は突然所長に金を要求した。

何事かと目を丸くする所長に向かって続いては催促するように手を差し出す。


「何故金が必要なんだ訳を言え」


「あいつに飯を買って行く」


あいつというのはアリアのことを指しているんだろう。しかしそこまでの指示はしていない、何故いきなりこんなことを言い出したのか疑問に思う。


「何故お前がそんな事を?」


「決まっている、あいつが依頼者だからだ。あいつが死んだら稼ぎがなくなる、そうなれば任務失敗だ。受けた任務は確実にこなす、失敗するつもりはない」


真っ直ぐこちらを見据えて少女は言った。

それ以外何か理由があるかとでも言いたげな顔だ。

ドがつくほどの真面目な回答、その生真面目さと確実性は少女の過去を遡ると決して良い方向には働かなかった。

少女はさらに言葉を紡ぐ。


「あいつは自分で自分を殺す覚悟が出来ていない。それなのにあの様子では覚悟が決まる前に病気か何かで死んでしまう可能性がある。それを防ぐためにちゃんとしたものを食べさせる。自らの手で自分を殺す決意ができたのならそれを私が止める権利は無い仕方ないと諦める、だがそうじゃないなら、私の依頼者でいる間は生きていてもらう」


自殺は止めはしないがそれ以外の死は許さないということか、自殺こそ止めるべきと思うが自身もそれを行なった身だ、死を選ぶ人間の心が分かるのか。

だがアリアと少女とでは決定的に違う。

かたや苦しみから逃れるため仕方なく死を選び、もう一方は自分に生きる価値はないと死を選ぶ。

前者は心の奥底では死にたくないと叫んでいるがどうしようもない心の苦痛が感覚を麻痺させて本心を覆ってしまう、結果死ぬ方が楽だと誤解する。しかし後者は完全な諦め、未練が無い、死にたいから死ぬ。

少女はその違いにも気付いていないんだろう。


レアリスがお金を手渡すと少女はすぐに出て行った。

少女の消えた扉に向かって「礼を忘れているぞ」と独り言を呟いて、まあいいかと一人納得する。

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