元殺し屋の助手

@katarea

第1話

とある少女が訪れたのは何の変哲も無い普通の家、レンガの敷き詰められた道が玄関まで続き庭があり花壇もある。

しかしどれも手入れが行き届いていない。レンガ敷きの道は泥がこびりつき、庭では雑草が好き放題生え本来花があるべき花壇まで侵食し一面を緑で覆っている。

まるで廃墟の様な有様。綺麗に手入れされた庭が続く中で周りの家と馴染まないこの場所は空間そのものが死んでいるようだった。

しかし少女にとっては取るに足らない問題、ずんずん突き進み玄関のチャイムを鳴らす。


応答が無い。


もう一度鳴らす。


それでも応答が無い。


もう一度鳴らす。


やっぱり応答が無い。


普通の人ならばここで出直すだろう、だがその少女は一味違う。出直そうとはせずに一定の間隔をおいてひたすら鳴らし続けた。

いつまでも、いつまでも、いつまでも。

家の中に誰かいるとしたらこれほど不愉快で恐ろしいことはないだろう。

危ない人かはたまた心霊を疑う程に人間性を欠いている。

数十回にも及ぶ恐怖の繰り返しの後、住人は我慢の限界を迎えたのか罵声と共に玄関の扉を開いた。


「いい加減にして!」


顔を紅潮させ怒りをあらわにした視線を少女に向ける。

叫ぶように言い放った言葉には重さは感じられない、言った張本人からすれば本気の怒りをぶつけたつもりだろうがその容姿が住人の怒気を緩和する。


中から出てきたのは女の子だった。


出てきたのは少女と変わらない年頃の女の子。

栗色の髪は乱れ、身につけている服はくたびれている。

いつかの少女ほどひどくは無いが彷彿とさせるには違いない。


「お前がアリア・レイシアか?」


少女は住人の怒りなど気にもとめず質問する。


「だから何っ! さっさと帰って!」


その子は乱暴な言葉を少女にぶつけて手早く扉を閉めようとするも素早く差し込まれた少女の足に阻まれる。


「そういうわけにはいかない、私は受け持った任務をこなさなければならない邪魔をするな」


さっきから随分と太々しい態度の少女は華奢な手で扉を掴むと目一杯力を込めてこじ開けようと試みる。


「ちょっ、離して!」


ドアノブを持ち必死の抵抗を見せる住人もジリジリと引っ張られていく、少しづつ開いていくドアに焦りが浮かぶ。

両手で顔が歪む程に力を込める住人に対し少女は片手でしかも平然とした表情。こんな細い手のどこにこれほどの力があるのかと住人は驚きが隠せない。

この扉の開け閉めをめぐる争いに勝利したのは言うまでもなく少女だった。







力尽くで入ってきた侵入者にアリアは警戒の眼差しを向ける、どう見ても自分と変わらないただの女の子。

一度は大声をだして助けを呼ぼうかとも思ったがやめた。自分にはそんな大声を出すほどの気力も残っていなかったしどうやら強盗ではないと分かったから。

顔見知りの所から派遣されてきたらしいがアリアはそんなものを頼んだ覚えがない、どうなってるのかと連絡して尋ねてみると返ってきた答えはサービスとの事。

そんなサービスは要らない言っても突然電波が悪くなったとか言って切られてしまった。

その後、何度か電話しても結果は同じ、サービスの押し付けを止めるつもりはないらしい。

諦めてアリアは侵入者の動きを観察。

入ってくるなり家の中を見回ってそれが終われば掃除用具を引っ張り出して無言で掃除を始める。

「何してるの?」と問いかけると帰ってくる答えは「掃除だ」の一言。

その少女は掃除するために侵入したらしい。

「出てって」と言えば「任務を終えるまではできない」、「そんなのどうでもいいから出てって」と言えばやっぱり返ってくる答えは「任務を終えるまではできない」。

決して手は止めず機械的に決まった返事をしてくるだけで人と話している気がしない。

何を言っても無駄な少女にアリアは為す術なく諦めて自分の部屋にこもることに決めた。


「‥‥うーん」


瞼が重い、自分は何をしていたんだっけ?

重い瞼に抵抗せず目を閉じたまま考える。

そうか、何もしてなかった。

あの少女がやって来て自分は逃げるように部屋に閉じこもったのだ。

そしてそのまま眠ってしまった。


どれほどの時間眠っていたのだろう? あの子はいい加減帰っただろうか?


いや、そんなことより、この音は何だろう? さっきから近くでする物音が気にかかる。

気だるさを覚えつつも瞼を開けて確認すると目に映ったのは少女の姿。

寝ぼけた頭が現実を理解するのに数秒を要した。


「ここで何やってんのよ?」


「掃除だ」


決まった言葉が返って来たことで間違いなくあの少女だと認識した。


「どうやって入ったの?」


アリアは確かに部屋の鍵を閉めた。日常的にかけてはいないが今日は別、少女の侵入を防ぐという目的があった。だからしっかり確認した、それは間違いない。

扉は蹴破られてなどいない、以前のまま閉まった状態を維持している。


「あそこだ」


そう言いながら少女が指差したのは窓。

窓に鍵は‥‥‥ダメだ覚えていない。そこからの侵入を想定していなかったので確認していない。

しかし窓も割られた様子はないということは閉まっていなかったんだろう。

迂闊だったと自戒するべきか? いや、そんな必要はない。こんな子がこんな所から侵入してくるなんて普通思わない。

ここは二階でおまけに窓の外には足場になるようなものがない、ちょっとした出っ張りならあるがまさかこれを登ろうなんて考える方がどうかしてる。

言動や立ち居振る舞いから普通ではないと思っていたがなんなんだこの子は?

アリアの怒りは少女に対する疑問に飲み込まれた。


「あなた何なの?」


「どういう意味だ? 質問があるならもっと具体的にしてくれ、でないと分からない」


アリアは何も言えなかった。

自分が何を聞きたいのか何も浮かんでいない、だって今のは自分とは違う、いや普通の人という枠からどこかズレている異様な存在を前にして感情的に出ただけの言葉。


「どうした? 早くしろ、私は忙しい」


言いあぐねる私に容赦なく上から物を言う。

言い返してやろうとも思ったが面倒になったのでやめた。

別にどうでもいい。この子の事なんて、他人の事なんて、もう何もかもどうでもいい。

もうすぐ私には何もかも関係なくなるんだから。


「もういい、勝手にして」


アリアはその子に背を向けて再び布団に潜る。

何も見ないように目を閉じて、何も聞かないように耳を塞いで、何も関わらないように口を結んで。

ただ一人の世界に落ちて行った。







アリアが次に目を覚ました時、そこにはもう誰もいなかった。綺麗に整理された部屋だけが残っている。

生活感を感じなくなる程に綺麗に整った部屋の風景はまるで自分の痕跡を消されているみたいで少し清々しくもある。

薄暗い室内、今が夜なんだと理解した。

不快な音も無くなってようやく一人になれたとアリアは安堵の息を漏らす。

窓からわずかに差し込む光は隣の家の明かり。

布団から起きることもせず暗闇の中しばらくその明かりを眺め続けた。早く消えてしまえと願いながら。

見せつけるようなその明かりはアリアの心を少しづつ痛めつけていく。

見たくない。

勢いよく起き上がり窓の側まで行ってカーテンに手をかけると隣の家の様子が見るつもりはなくても見えてしまう。その光景の眩しさに顔を歪めつつカーテンを閉める。


二度の睡眠ですっかり眠気が失われている、きっともう暫くは眠れない。

だったら自力で眠ればいいだけだ。


アリアは階段を下って一階に向かう。

そこもやはり見違えて綺麗になっている。しかし今のアリアの冷めきった心は何もかも否定したがる。寧ろ少々荒れているくらいが心地良かったのにと侵入者を疎ましく思った。

そのまま足を止めることなくキッチンに向かうとまずは喉を潤そうと冷蔵庫を開く。

そこで見たものには少し驚かされた。

料理のようなものが置かれている。

料理と呼ぶには少し簡素すぎるしあまりに不格好、半分にしたパンに雑に切られて形の揃っていないトマトとレタスとハムが挟まれただけでソースも無いサンドイッチ。

側には『腹が減ったら食べろ』のぶっきらぼうなメモ書き。

あの子が作って置いていったのだろうか? それにしては下手くそだ。

掃除をここまで綺麗にこなす人間が作ったものとは到底思えない。

ひょっとしたらまともに相手をしなかった自分への当て付けかも知れない。

まあ、どうでも良いが。


アリアはサンドイッチには手をつけず水だけを取り出しメモ書きをクシャクシャに丸めてゴミ箱に捨てる。

そして水を流し込み果物ナイフを手に取る。


今日こそは絶対に成功させる。


衣服の袖をまくって露出した腕、十六歳の女の子にふさわしい白くなめらかな肌。とある箇所を除けばどこにでもいる女の子と変わらないと人は思う。

アリアの手首に刻まれた無数の痛々しい傷跡にさえ気づかなければ。


手が震える、毎回こうだ。

震える手のまま果物ナイフを手首に当てる。

死ぬのなんて怖くない、でも痛いのが嫌だ。

痛みに対する恐怖がどうしても躊躇いを生じさせる。

すぐだ、すぐ終わる。数分の激痛を越えれば一生の苦痛から逃れられる。これでもう二度と目を覚まさなくて済むとこれまで何度も繰り返し使った言葉で今日も自分を奮い立たせる。

アリアは起きている時間が苦痛だった。目覚めた瞬間から現実が襲い掛かってきて心をズタズタに引き裂く、それが辛くてたまらない。起きていればどうしてもあれこれ考えてしまう、寝ている時間だけが完全な無でいられた。

だからもう起きていたくない。

永遠の眠りを切に願った。

そしてまたひとつアリアの手首に新しい傷が増えた。

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