第2話 花屋

     二〇一九年十二月十七日


 人々の往来がざわめく大通り脇の暗然たる路地を抜ければ、別世界のような静穏とした空間が広がっている。ここは閑散とした商店街のようだ。そこには、古めかしいコンクリートビルの一階の看板には『serenityセレニティ』と書かれたフラワーショップがある。ビルの外壁にはツル植物へデラが津波のようにビルを飲み込もうとしているようだ。


 店主である花屋敷九曜はなやしきくようは一見花屋という職種に見合った名を冠しているもののその実は、花とは縁遠い存在である。真の職業は『殺し屋』。日本最大の殺し屋組織『日出処の暗ひいずるところのあん』に所属する殺し屋である。


 しかし、一年程前から、花屋敷九曜は花屋を営みながら長い休業生活をおくっている——。


         9:00am


 開店して間も無く一人目の来客。肩くらいの黒髪にサングラスとマスク、膝下まである黒のロングコートの女性。


 女性は入店してすぐにお目当ての花を見つけたようだ。赤色の『ポインセチア』を一輪持ち、レジにやって来た。花言葉は『祝福』『幸運を祈る』『私の心は燃えている』『清純』、十一月から一月に開花するとても美しい花だ。


 「こちらは、ご自宅用でしょうか?」


 貼り付けた笑顔を振りまき、問いかける。真っ黒なサングラス越しからは瞳の動きは確認できず思考が読めない。女性は一度頷くだけの淡白な反応だった。軽い包装だけにすると伝え、返事を待たず包装に取り掛かる。


 それを受け取ると会釈をし、女性は去っていった。なんて事の無い日々の仕事……だが今はこれが心地いい——あの殺伐とした血生臭い日々を思えば——……。


 出入り口のガラス張りの門扉に取り付けてある鈴が鳴り響く。張り付けた笑顔でそちらを見遣る——そこには、黒色の長髪に無精髭を蓄え全身黒ずくめのダブルブレストスーツに身を包んだ長身の男が、佇んでいた。


如何にも、胡散臭いその男は外からも確認できるようにと、扉に設置してあるクローズオープンの看板を裏返し、クローズ表示に替え人除けを行い歩をこちらに向け話し出す——。


 「随分と——魔の抜けたツラをするじゃないか、花屋敷」


 「——……日木」


 彼の名は日木禅ひもくぜん。『日出処の暗』に所属する構成員にして、俺の相棒だった男。無精髭でわかりずらいが、随分頬がこけて見える……。その声は低く威厳と冷淡を混ぜ合わせた抑揚のない喋りだ。


 「つれないやつだ。一年ぶりの再会だと言うのに」


 日木は、黒のネクタイを緩め皮肉を言う。


 「あ、あぁすまない。見ない間に様子が変わったなと思って……」


 俺が知る日木は無精髭ははやせど正装とは無縁の男のはずだが。


 「ふん、嫌味なやつだ。一年もあれば役職も変わる。好き好んで煩わしい格好をしているわけではない」


 こんな物は慣例的なしきたりだと吐き捨てる。


 「……今日は、どうしたんだ」


 「——……そう身構えるな。私が来たと言う事は、つまり、そう言う事だ。わかりきっている事に、わざわざ一喜一憂する必要はない——だが、腑抜けにも分かりやすく言えば、休暇は終わりだと言う事だ『フラワー』」


 『フラワー』——それは俺のコードネーム、対象の頭部を正確無慈悲に撃ち抜き倒れた遺体の頭部から花が咲くように血が滲む事からついた忌み名——。




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