殺し屋と花の魔法使い 改訂版 短編小説 全6話
楠綾介
第1話 プロローグ
二〇一八年十二月某日6:45am
明け方の太陽が、鈍色の雲を徐々に、曙色で
朝焼けに染まる海に──彼女、
馬鹿な。俺は小さくかぶりを振るい、彼女にゆっくりと、銃口を向ける。彼女は我々組織の構成員にして、政略的ではあったが俺の妻でありそして……対立組織の諜報員、裏切り者。
字歌はまるで緊迫感のない微笑みを向ける。
「……そう言うことか——ふふ、君が海に行きたいなんて言うはずないのにね。どうやら私は自惚ていたらしい」
彼女は聡明だ。直ぐに状況を理解しているはず、だが彼女から切迫した雰囲気は感じられない。
「紫水字歌。お前は守秘義務に反し機密事項漏洩また秘密文書十点を持ち出した。その目的と文書の在処を今すぐ言うんだ——。五秒待つ。それ以上は警告なしの発砲を許可されている」
彼女は微笑み、俺を見つめたまま一歩ずつ後ろに下がる。
五
「君は、まるでロボットだ。命令されたことに忠実で文句一つ言わない」
四
「人間味がない、初めはそう思った……でもね」
三
「私の手料理を食べた時、ほころんだ笑顔が」
二
「……子供っぽくて、とても可愛らしかった」
彼女は膝下まで海に浸かっている。
一
「私は思ったよ、君にはまだ血が通った温かい心がある。だから──」
零
そう──俺は組織の機械だ。機械に感情などない。命令に忠実で、標的は必ず殺す──だから俺は待たない。彼女の最後の言葉も言い終わる前に、引き金を引いた。聞きたくないのだ、俺を裏切った彼女の言葉なんて……違う、そうじゃない、裏切ったのは組織であって俺ではない……でも、初めてだった、引き金が重く感じたのは。その理由を、君なら知っているのか? 紫水字歌は頭を撃ち抜かれ、水飛沫を上げ海に倒れた。水飛沫が朝焼けに反射し小さな妖精が彼女の周りを飛び回っているようだ。
次第に、彼女はゆっくりと波に攫われていった——。
後日、発覚したのは、紫水字歌に掛けられた罪状は冤罪であり俺がやった事は冤罪死刑となった……俺は一体何を手に入れ、何を失ったんだ。もはや知る術は無い。
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