隣に座った親子がとんでもない話をしている

九戸政景

隣に座った親子がとんでもない話をしている

「今日もいい天気だなあ……」



 よく晴れたある日の公園。俺はベンチに座っていた。週末だからか人の数も多く、親子連れも少なくなかった。



「あ、ここ座ってもいいですか?」


 突然声をかけられる。見るとそれは、まだ一歳にも満たなそうな赤ちゃんを抱っこしたお母さんだった。きっとベビーカーが苦手な赤ちゃんなんだろう。



「あ、どうぞどうぞ。赤ちゃんですか? 可愛いですね」

「ふふ、ありがとうございます」



 お母さんが上品に笑う。茶色のクマの服を着た赤ちゃんは静かに寝ていたが、お母さんが座った瞬間に泣き出した。



「あらあら」



 抱っこしながら赤ちゃんを軽く揺らす姿を見ながら大変そうだなと思った。何か出来ればいいけれど、俺は赤ちゃんをあやした経験などない。



「あら、そうなの」



 赤ちゃんの泣き声にお母さんが答える。きっと赤ちゃんとお話をしているふりをするというあやし方なんだろう。いいお母さんだなと思って、それを口にしようとしたその時だった。



「やっぱり、あの人が総理はイヤなのね」

「……ん?!」



 お母さんの言葉に耳を疑う。でも、お母さんの表情は穏やかだ。



「あぁん!」

「そうよね、あの人の政策はあまり信用できなかったもの。このままじゃ私達の生活が不安ね」

「あ……え、ん!?」



 俺の困惑をよそにお母さんが神妙な顔で頷く。そんなわけはないとわかっているのに、赤ちゃんが泣きながら頷いているからか本当にそれが理由で泣き出したように見えてきてしまう。



「それじゃあ消費税の軽減を公約にしていたあの人がいい?」

「うわあぁん!」

「あの人もダメなの? でもそうね、あの人は過去にちょっと問題を起こしてるし、そこが不安だもの。かといって、誰が一番というのもないし……」



 お母さんが考え込む。たまらず俺は話しかける。



「あ、あの……なんだか政治面にお詳しいようですけど……」

「あ、聞こえてましたか。すみません。わたし、今は産休中ですが、新聞記者をしているんです。それも政治面の」

「あ……な、なるほど……」



 それなら納得だ。気付くと、赤ちゃんは泣き止んで眠っていた。



「それでは私はこれで。すみません、おじゃましてしまって」

「あ、いえ。子育て頑張ってください」

「はい」



 お母さんは優しい笑みを浮かべる。去っていくその背中を見ながら俺は決意した。



「やっぱりこのままじゃダメだ。今の政治じゃみんな苦しいままで、政治家だけが得をする国にしかならない。今を変えたくて地方議員とはいえ政治家になったわけだし、あの親子が幸せに過ごせるように俺は俺が出来る事を頑張ろう」



 俺は立ち上がった。そして歩き始めた。この国をよくし、いつかあのお母さんにお礼を言うために。

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隣に座った親子がとんでもない話をしている 九戸政景 @2012712

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