優子からの電話

コメントに返事をしようと、キーボードに指を乗せた瞬間だった。

パソコンの右横に置いた携帯電話が、沈黙を破って鳴りだした。


「相談に乗って欲しいけど、明後日の15時、空いてる?」

優子だった。

開口一番、かなりの早口でまくし立てる。


焦りを含んだ声に、私はとっさに返した。

「いいよ、空いてるよ。……何かあったの?」


「う……ん、今は言えない」

小さな声で、優子は口ごもった。


――家族がそばにいるんだ。

そう察しながら、私は続けて聞いた。


「その日、仕事は?」


「14時で上がるから、いつもの近くの喫茶店で待ってる」

私がその喫茶店の名前を確認しようと口を開いた瞬間、電話は突然切れた。


よほどのことがあったのだろう。

携帯を机に置くと、胸の奥に、また“あの石”のことが浮かび上がってきた。


――私にとっては本当に特別な石だったのに。

彼女は、思い出しもしない。

裕福なんだから、欲しいものは何でも買える。

何ヶ月も探し続けてようやく見つけた、私のあの気持ちなんて、どうでもいいんだ……。


胸の中に小さな怒りが芽を出し始めた。


その日は用事がある、と言って断ろうか。

もう、優子に振り回されるのはやめよう。

以前も似たことがあった。


そんな考えが頭をよぎる中、ふと視線を戻したパソコンの画面には――

さっきまで書いた物語と、並んだコメントたちが静かに光っていた。

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