030 「ひとつだけ気になってるのは」


「そうして、私と桜花おうかは友達になった」


 そこで一度、綿矢わたや紗雪さゆきはふぅっと、長い息を吐いた。

 侑弦ゆづる美湖みこは紅茶を口に含んで、彼女の次の言葉を待つ。


「一緒に買い物もするし、桜花の行きたいところに、私も付き合う。その逆もときどきあって、学校行事でも、一緒に行動することも多かったわ」


「うん……そっか」


「ええ。結局、私にはあの子以外の友達は出来なかったけど、それでも、救われてた。それまでよりも、人と関わるのがいやじゃなくなった。それに、桜花がそばにいてくれると、みんな普段よりも、私と話してくれるようになる。おかげで、以前よりもほんの少し、人当たりはよくなれたと思う」


 そこまで言って、紗雪はすでにからになっていた紅茶のカップに、口をつけた。

 紗雪には珍しい、非合理な行動。

 けれどそれが、今の彼女の心情を物語っているような気がした。


 ――助けてもらったの。


 侑弦の脳裏に、いつかのセリフが蘇った。

 バイト先のガチャガチャコーナーで、紗雪と会った日。


 ――だから、感謝もしてるし、大切な友達。


 彼女は桜花について、そう語っていた。

 その桜花と、今はほぼ絶縁状態。

 原因を調べようにも、本人には拒絶され、ほかに友人もいない。

 それはたしかに、誰かに頼りたくもなる。


「ふたりの関係は、よくわかった」


 美湖が言った。

 さっきまでよりも同情的な声と、笑顔で。


「話してくれてありがとね、紗雪ちゃん」


 ただ、彼女の頭の中にあるのは、同情だけではないようだった。

 美湖と付き合いの長い侑弦には、それがすぐにわかった。

 常に相手に寄り添いつつも、あらゆることを考えているのが、美湖という女の子なのだ。




「……さて、どう思う?」


 紗雪が生徒会室をあとにしてすぐ、美湖は侑弦に向けて言った。

 神妙な顔で手を伸ばし、そばにあったカゴの中から、クッキーの袋をひとつ手に取る。


 どう、というのは当然、さっきの紗雪の話についてだろう。


「まあ……こういっちゃ佐野には悪いけど、意外だったな」


「うん、私もそう思った。桜花ちゃん、いいとこあるね」


 美湖が頷いて、クッキーを少しかじる。

 崩れやすいお菓子でも、美湖が食べるとこぼれないのが不思議だった。


「それに、少なくとも紗雪ちゃんの話では、ふたりともお互いのこと、大切に思ってそうだった。それが、恋の拗れだけでこうなっちゃってるんだとしたら、悲しいことだよ」


「……恋だけが原因だと思ってるのか?」


「ううん。思ってない」


 美湖が言った。

 予想していたセリフだったので、侑弦も驚くこともなく、同じようにクッキーの袋を開けた。


「ただ、具体的になにがあるのかは、まだわかんないんだよねー」


「……さすがの美湖でも、そうなんだな」


「うん、さすがの私でも。ただ、ひとつだけ気になってるのは――」


 ピトッと、人差し指を顎に当てて、美湖が天井に視線を投げた。


 心当たりは、侑弦にもあった。

 紗雪の話の中で、少しだけ覚えた違和感。

 気のせいや、考えすぎだとも思えるような、ほんのわずかな引っかかり。


「『私がいないとだめ』……ってやつか」


「そう、それ」


 顎先の指をそのままこちらに向けて、美湖が言った。


「まあ、普通に考えたら、ただの冗談なんだろうけど。ちょーーっと、気になるよねー」


「綿矢本人は、なんとも思ってなさそうだったけどな」


 侑弦の言葉にも、美湖は特に反応を示さなかった。

 普段は大きな目をジトっと細めて、難しそうに口を尖らせる。

 まるで、どこかのミステリーに登場する、探偵のような仕草だった。



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