論理で恋を解く男が、星のように揺れる夜

山田花子(やまだ はなこ)です🪄✨

プロローグ 

 五路交差点——信号のないこの場所で、夜風が五つの道を撫でる音だけが響く。


 誰かが立ち止まり、息を潜めて道を選ぶ。赤いネオンが足元を染め、迷いの影を長く伸ばす。


「どの道を? 誰と? 本当に、これでいいのか?」


 そんな問いが、風に溶けて消える。


 その片隅に、ぼんやりとした灯りが揺れる。小さな相談所。看板には「置き手紙相談所」とだけ。


 ドアはいつも開いている。誰も入ってこない。ただ、手紙が置かれていく。


 透は机に向かい、便箋の折り目を指でなぞる。インクの匂いが、夜の静けさを濃くする。


 感情を数式に置き換え、矛盾を解き、最適解を導く。


 それが、彼の夜の仕事だ。


 でも、今夜の風は、八年前の今日と同じ匂いがした。


 妹の笑顔が、ふと脳裏をよぎる。


 あの星空の下で、道を選んだ日——。



 ◆



「はあ……またこの時間か。」


 透は机の引き出しから、古い星座図を取り出す。埃っぽい紙が、指先にくっつく。


 僕の名前は藤原透、28歳。元哲学専攻の大学院生だったけど、八年前の今日、あの電話を切らなければ、今も普通に研究室にいたかもしれない。


 今は昼は古本屋の埃まみれの棚を拭き、夜はここで手紙を待つ。。


 変わった生活? まあ、言われるよ。古本屋の店主のおじいさんに「透くん、夜の仕事は体に悪いぞ」って毎週のように。笑ってごまかすけど、心の中では思う——これしか、できないんだ。


 人の悩みを論理で解くのって、意外とクセになる。まるで壊れたパズルを組み立てるみたいでさ。変数Fを代入して、矛盾を消せば、最適解がポンッと浮かぶ。


 でも、僕の人生にそんな公式はなかった。あの頃、妹と星座を探した夜みたいに。


「透お兄ちゃん、あの星、どんな名前?」


 雪の小さな手が、僕の袖を引っ張る。交差点のベンチで、空を見上げて。


「そうだな……お前みたいな、輝くやつだよ。」


 あの夜、雪はもう二度と袖を引っ張らなくなった


 過去の選択が、僕をここに縛った。妹のいない夜空を、埋めるように。


 だから、今も手紙を待つ。誰かの道を、少しでも照らすために。

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