無能と追放されたのに、なぜか辺境の防衛力が世界最強になりました
@gomaeee
第1話 勇者候補から外れた僕は、辺境に捨てられる
白い床に、黒い線がびっしりと走っていた。
幾何学模様みたいな輪の中に、僕はうつ伏せで転がっていた。
「……痛っ」
手のひらに触れる感触がいつもと違う。冷たい石だ。
顔を上げると、見慣れない天井が広がっていた。
高い天井。石の柱。壁には旗。
どこからどう見ても、学校の体育館ではない。
「やった……! 今回も召喚は成功した!」
甲高い声が響いた。
ローブを着た老人が、杖を掲げている。
その周りには、鎧を着た男たち。金と宝石で飾られた服の男。
絵本でしか見たことのない「王様っぽい」人たちが、僕たちを取り囲んでいた。
僕たち――そう、僕だけじゃなかった。
同じ円の中に、あと三人、制服姿の若者が倒れている。
(……これ、もしかして)
頭の中で、よくある言葉が浮かぶ。
異世界召喚。
ライトノベルで何度も見た単語だ。
向こう側では笑い話だったが、今は笑えない。
「異世界より来たりし勇者よ!」
王様っぽい男が、一歩前に出た。
「我が国は今、魔王軍との戦いに瀕している。どうか、その力を貸してはくれぬか」
テンプレみたいな台詞だ、と思った。
でも喉が渇いて、何も言えない。
隣で、一人が震える声を出した。
「ゆ、勇者って……俺たちのことですか?」
「そうだ。これより、そなたらの力を確かめる。安心せよ。元の世界に帰すためにも、この国を守らねばならぬ」
老人が杖を鳴らす。
「まずは鑑定だ。一人ずつ、ステータスプレートに触れよ」
鑑定。
他人の能力やスキルを読み取る術だ。
兵士が銀色の板を運んでくる。
大きさはノートくらい。表面に薄い紋様が刻まれている。
「じゃあ、君からだ」
兵士に肩を叩かれ、前に出される。
指先が震えるのを自分で感じる。
(落ち着け。状況を整理しろ)
頭のどこかで、いつもの癖が働いていた。
僕は相沢ユウマ。十九歳。
工業高校卒。物流倉庫でバイト。休日はDIYと動画漁り。
平均より少し器用、くらいの普通の人間だ。
そんな僕が、異世界で「勇者」と言われている。
意味が分からない。
けれど、分からないからこそ、今は情報が欲しい。
「触れなさい」
老人に促され、僕はプレートに手を置いた。
板が、微かに光った気がした。
次の瞬間、頭の中に文字が流れ込んでくる。
(……え)
視界の端に、半透明の文字が浮かぶ。
――
名前:相沢ユウマ
年齢:十九
職業:生産士見習い
固有スキル:素材解析/加工最適化/負荷限界視認
――
瞬きしても、文字は消えない。
素材解析。
加工最適化。
負荷限界視認。
聞いたことのないスキル名が並んでいる。
素材解析は、材料の性質を見抜く力だ。
どれくらい固いか、どれくらい伸びるか、そういう情報が分かる。
加工最適化は、その素材をどう扱えば一番いいかを示してくれる力。
温度や削り方、組み合わせ方の「正解」が分かる。
負荷限界視認は、どこまで力をかけたら壊れるかを見抜く力。
物の限界点が、感覚的に掴める。
(……生産系、か)
思ったより落ち着いていた。
工業高校で学んだこと、DIYで試してきたこと。
それと妙に噛み合うスキルだ。
だが。
「生産……?」
王の横にいた男が眉をひそめた。
制服の代わりに、刺繍入りの服を着た中年――たぶん大臣あたりだ。
「戦闘系スキルは?」
老人がプレートを覗き込み、首を傾げた。
「……攻撃系スキルは、なし。身体能力補正もなし。魔力量も平凡。固有スキルは、すべて生産系ですな」
「ふむ……」
王の視線が、わずかに冷える。
胸のあたりが、きゅっと縮んだ。
(ああ、そういう世界か)
戦える者だけが価値を持つ世界。
さっきから聞いている話の中で、それは薄々感じていた。
魔王軍。前線。勇者。
どの言葉も、「戦う」ことを前提にしている。
「次の者」
兵士が、僕を脇へ押しやる。
次々と、他の三人がプレートに手を置いていく。
「おお、光魔法適性・特大!」
「剣聖の素質があるぞ!」
「これは……風属性の上級魔法が使えるやもしれん!」
歓声が上がる。
拍手が起きる。
光。剣。風。
分かりやすい「戦闘力」が並ぶ。
対して、僕は――素材解析。
王と大臣と騎士団長が、少し離れたところで小声で話している。
「一人、外れか」
「完全に生産職ですな。鍛冶か工房向きでしょう」
「だが、今必要なのは前線で戦える勇者であって……」
言葉の端々が、耳に入る。
外れ。
生産職。
今必要なのは戦える者。
胸の奥に、何かが沈んでいく感覚があった。
(まあ、そうなるよな)
僕は戦えるタイプじゃない。
高校時代も、体育は平均よりちょい下。
運動部に入るより、工具を触っている方が落ち着いた。
そんな僕を、戦場の主役に据えるつもりはないだろう。
それは、理解できる。
理屈としては、納得できる。
問題は――。
「相沢ユウマよ」
王がこちらに向き直った。
「そなたの力は、前線向きではない。しかし、物資の整備もまた、大事な働きだ」
その声は、表面上は穏やかだった。
「当面、城内の物資管理と工房の手伝いに従事せよ」
「……はい」
搾り出すように返事をする。
勇者候補から、一歩外された。
けれど、ここで反論する材料もない。
僕は戦えない。
スキルも、生産系に偏っている。
なら、現場で役に立つ場所を探すしかない。
(まずは情報だ。城の構造、工房の設備、この世界の技術レベル)
頭の中で、やるべきことを並べる。
状況がどうであれ、やることの整理はできる。
それだけが、今の僕の支えだった。
――ただ、その選択肢すら、そう長くは続かなかった。
◇
「相沢! この数、どういうことだ!」
怒鳴り声と一緒に、帳簿が机に叩きつけられた。
物資庫の一角。
木箱と麻袋の山の中で、僕は数字とにらめっこしていた。
「どういうこと、と言われましても……どの部分でしょうか」
「前線への矢束の数だ! 報告では百束になっているのに、実際に届いたのは八十束だと、騎士団から苦情が来ている!」
彼は物資隊長だ。
元は前線の兵士だったらしいが、怪我で退いてここにいる。
短く刈った髪。鋭い目。
声も態度も、完全に「怒鳴るのが仕事」という感じだ。
「昨日、僕と倉庫番さんで数え直しました。そのときは確かに百束ありました。輸送中に――」
「言い訳するな!」
机を拳で叩かれ、本が跳ねる。
「お前が最後に数を確認したんだろうが! 新人が確認したものを、誰が疑う? 現場は数字を信じて動くんだ!」
正論だった。
だからこそ、何も言い返せない。
輸送中に抜かれたのか、計算のどこかでミスをしたのか。
まだ原因は分からない。
でも、前線から見れば、原因なんて関係ない。
足りない。それだけが事実だ。
「……申し訳ありません」
頭を下げる。
数日前にも、似たようなことがあった。
盾の枚数が合わない。
保存食が足りない。
どれも僕だけのミスじゃないはずだが、「最後に確認したのが僕」という一点で、責任が集約される。
(やばいな)
数字のズレは、何度も続けば「問題のある人間」という評価に直結する。
前線で戦えない僕にとって、物資管理の仕事は数少ない居場所の一つだった。
そこすら失おうとしている。
「隊長、輸送路のどこかで盗まれている可能性も――」
他の物資係が恐る恐る口を挟む。
「盗まれているなら、それはそれで管理の問題だ! どのみち責任者は相沢だ!」
隊長の視線が、僕を刺す。
「王城は、遊び場じゃないんだぞ。分かっているのか?」
「……はい」
潰れた声しか出ない。
◇
それから三日後。
王城の一室に呼び出された僕は、硬い椅子に座っていた。
目の前には、王。
その横に、大臣と騎士団長。
あの日と同じ顔ぶれ。
ただ、僕を見る目だけが違う。
「相沢ユウマ」
王の声は低かった。
「物資管理における度重なる不備。前線からの苦情。矢束の件に至っては、危険な状況を招きかねなかった」
「……申し訳ありません」
「お前のスキルは、生産向きだと聞いている」
大臣が眼鏡を押し上げる。
「だが、それを活かせるだけの責任感と判断力が伴っておらぬのではないかね?」
責任感。
判断力。
胸の中で何かがざらついた。
僕は、手を抜いたことはない。
工業高校でも、倉庫のバイトでも、同じだった。
ただひたすら、目の前の数字と現物を合わせてきた。
――この世界では、結果だけが全てだ。
それは分かっている。
分かっているから、反論が喉で止まる。
「直接戦う力もなし。物資管理でも問題。城に置いておく理由が、まだあるか?」
騎士団長が、はっきりと言った。
曖昧さゼロの言葉だった。
王が、少しだけ目を閉じる。
「……相沢ユウマ。そなたを、辺境防衛隊に回す」
「辺境……?」
「霧峡谷の村だ」
大臣が淡々と言う。
「国境線の外れにある小さな集落だ。魔獣被害が耐えない。砦は何度も崩れ、兵も不足している」
霧峡谷。
霧に包まれた谷のことだろうか。
谷は、敵も魔獣も通りやすい地形だ。
物流のバイトで、地形の話を少しだけ聞いたことがある。
「そこなら、そなたの生産スキルも、多少は役に立つかもしれぬ。砦の修繕、道具の整備、畑の改良……やることはいくらでもある」
言い方だけ聞けば、左遷ではなく「適材適所」にも聞こえる。
だが、兵士が小さな声で漏らした噂は、耳に入っていた。
『霧峡谷送りは半分死刑だぞ』
『魔獣に喰われるか、砦が崩れて死ぬかだ』
王は立ち上がった。
「三日後に発つ隊商に同乗せよ。以上だ」
それ以上、言葉はなかった。
護送でもなければ、見送りでもない。
ただ、不要な駒を遠くに置き直すだけの判断。
そういう空気だった。
「……承知しました」
絞り出すように言い、頭を下げる。
反論したところで、何も変わらない。
スキルの凄さを語っても、実績が伴っていない今では説得力がない。
数字を合わせられなかった者の言葉に、耳を貸す者はいない。
それは、元の世界でも同じだった。
◇
三日後。
城門の外に並んだ荷馬車の列の、一番後ろに僕は乗っていた。
粗末な荷台。木箱と麻袋に囲まれたスペース。
そこが、しばらくの僕の居場所だ。
城壁の上から見下ろす兵士たちは、誰も手を振らない。
それが普通なのだろう。
荷車が軋み、ゆっくりと動き出す。
振り返ると、石造りの城が遠ざかっていく。
(……結局、僕はここでも「外れ」だったわけだ)
手すりを握る指先に、力が入る。
素材解析。加工最適化。負荷限界視認。
生産スキル三つ。
元の世界で身につけた、基礎物理と工具の知識。
それらが、今は何の価値もないように扱われている。
でも――。
(辺境ってことは、逆に言えば、誰も手を回していない場所ってことだ)
背筋を伸ばす。
誰も評価しないなら、失敗しても文句を言う声も少ない。
最低限の生存さえ確保できれば、あとは全部、僕次第だ。
工業高校で習った基礎。
現場で覚えた段取り。
DIYで積み重ねた失敗の数。
それと、この生産スキル。
(試すには、ちょうどいい)
荷車は土の道を進んでいく。
遠く、かすかに白いもやが見えた。
地平線の向こうから、じわりと立ち上る霧。
霧に包まれた谷。霧峡谷。
地図の上でしか見ていない場所。
今から僕が向かうのは、国の誰もが「捨てた」辺境だ。
でも、もし――もしそこを、誰も見たことのない文明レベルの防衛拠点に変えられたなら。
(そのときは、「外れ」と言った連中の方が、時代遅れってことになる)
小さく息を吐く。
荷車は、白い霧の待つ方向へと進み続けていた。
読んでくださり、ありがとうございます。
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