第2話 昨日の影、今日の光

午前の光が店内に柔らかく差し込む。

花音は昨日の片付けの続きをしていた。花瓶の水を替え、葉先の傷んだ部分をそっと整える。

小さな手の動きひとつに、朝の空気と花の香りが絡み、静かな時間が店内を満たしていく。


ドアが開く。小さなベルが軽やかに鳴った。

入ってきたのは、昨日ちらりと顔を見せた青年・遥斗だった。

その表情には、まだ迷いと戸惑いが残っている。


「昨日、少しだけ…お花のことを教えてもらったんです」

声は控えめで、どこか遠慮がちな響きがあった。

花音は微笑み、棚からスイートピーを取り上げる。


「スイートピーには、“門出”や“優しい思い出”の意味があります」

指先で花をそっと撫でると、香りがふわりと立ち上り、店内を温かく包む。


遥斗は花を手に取り、指先で花びらをそっと触れた。

昨日の出会いと今日の決意が、彼の胸に静かに重なっている。


「この花を、あの人に届けたいんです」

言葉は震えず、けれど真剣さが滲む。

花音はうなずき、包装紙を手に取る。


花束が完成するまでの間、二人の間には言葉以上の沈黙が流れた。

窓から差し込む光が、花と青年と花音の間に柔らかな影を落とす。

その影は微かに揺れ、まるで今日の予感を映すようだった。


完成した花束を手渡すと、遥斗は少し戸惑いながらも受け取った。

その背中に、花音はそっと視線を残す。

花束と一緒に、小さな勇気も届けられるだろう、と信じながら。


店の外では、街の音が朝のリズムを刻む。

靴音、車のエンジン、遠くで笑う子どもの声――

そのすべてが、今日の物語を静かに後押ししていた。


遥斗が店を出ると、花音はまた花に手を入れる。

五感を通して流れる街と花と光の間に、小さな奇跡の種がそっと撒かれていく。


――小さな痛みも、迷いも、誰かの笑顔になるための花のように。

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