第2話 千年後のフリージラ大森林にて(2)

 夕食を食べ終えた私達は赤髪の青年と向かい合って椅子へ座り、話を混じえていた。夕食は青年が狩ってきた、フリージラ大森林に生息するマリュアの肉を調理したものとチュリーという桃色の小さな木の実のサラダであった。誕生日のご飯としてはまずまずといったところだ。そして千年間の間に食の変化は大してなさそうであった。

「にしてもお前何か大人びてるよな。ここだけの話エルフってのはどんくらい長生きするんだ?」

 目の前で椅子に腰を下ろしている青年は木の入れ物に酒を入れ、ぐびぐびと音を立てながら飲んでいた。千年前も十五歳を迎えれば立派な大人として扱われ、酒を飲むことも出来た。つまり目の前のこの青年は少なくとも十五歳ということだ。大人の仲間入りをしたその日に独り立ちして冒険者となる者も沢山いた。だとしてもこんなガキに酒の味がわかるのだろうか。

「私の知ってる限りではほとんど不死と言ってもいいくらいは長生きするらしい」

 私も酒を一杯いただきたかったが、再びガキ扱いされて断られてしまった。エルフについては生前、昔の書物を読み込んだり、私の知り合いにもエルフがいたのである程度の知識は持っているのだ。

「らしいってお前もエルフだろ。ガキっぽかったり大人びてたり変なやつだぜ」

 青年の頬が赤みを帯びてきた。目も据わらなくなっているので恐らく酔いが回ってきたのだろう。

「ところで名前聞いてなかったな。俺はアトラだお前は?」

 確かにお互いまだ名乗っていなかった。青年の名前はアトラというらしい。名付けの親もいない私は、生前に兄が付けてくれた名前でも名乗るしかなさそうだ。

「私はシェロ」

「良い名前じゃねえかよお。全くよおこの世界は本当に退屈すぎて困っちまうよシェロちゃあん」

 なんだこいつは。急に呂律も回らなくなってきて話し方も鬱陶しくなってきた。もしかするとアトラは酒癖が悪いのかもしれない。だが本当に退屈な世界になってしまったと思う。昔はアトラ程の年齢であれば魔法の習得や剣術の鍛錬などで毎日忙しいというのに千年もの間に魔法は封じられてしまい最低限として剣術を学ぶことしかすることがないのであろう。魔法が封じられてしまっているということは冒険者達の中で後衛を担う魔法使いの存在がなくなってしまったということだ。ということは今は冒険やダンジョンを攻略することはあまりなくなってしまったのだろうか。

「さっき言ってた魔法が封じられてるって話だけど、私は冒険する時に何だかんだ魔法使いって必須だと思うんだよ。だけど魔法を使う人がいないってことは今って冒険する人はあんまりいないの?」

 アトラはまた酒をぐびぐび飲んでいる。

「そんなことはないぜシェロちゃあん。俺みたいに一人で親元離れて狩して生きてるやつだっているし、魔法使いがいなくたって全く困りゃあしないぜえ。俺らはそれが普通だと思ってるからなあ」

 一々名前にちゃんを付けて呼ばないで欲しい。

「そりゃ便利だなあとは思うぜえ。お前みたいに魔法使えたらそんなの羨ましいに決まってる。そう思ってるやつはいっぱいいるはずだぜ。だからみんな魔法を封印した四大魔法使い共が嫌いなんだ」

 四大魔法使い。夕食前にも聞いた単語だ。その存在達はなぜ、わざわざ冒険やダンジョンの攻略などに必要な魔法を封印したのだろうか。争いを防ぐためだろうか。私が封印の影響を受けないのも納得がいかない。エルフは本来、強大な魔力を所持していると昔読んだ書物に書かれていた。そのため魔力を封印しきれないのだろうか。だが私の体内にある魔力量はまだ私が幼いせいかとても少ないのだ。転送魔法でほとんど使い果たしてしまった程だ。だとすれば微量な魔力ですら封印されない私の方に謎があるのだろうか。どちらにしても封印については全く謎だ。いっそのこと正面切って四大魔法使いという存在に会いに行って問い詰めようかと思ったが、やめておくことにする。

「その四大魔法使いっていうのはどんな人達なの?」

 私は酔いが回って寝掛けているアトラへ聞いた。

「俺も詳しくは知らねえけど、西側の国のヘレボレスに一人いるらしいぜ。なんだったかなあ」

 西側国家のヘレボレス。千年前の戦いで敵対していた国家だ。その戦いの末に私の住んでいた王都グラダルトを消滅させた。その敵国家に四大魔法使いの一人がいる。有力な情報である。その情報を受け、今すぐ何か行動に移すという訳ではないが。

 アトラはずっと何か考え事をしているようだった。

「ああ思い出した。ルドベキアだそいつの名前。別の名を、水上の魔女ミルエって呼ばれてるらしいぜ」

 ――水上の魔女ミルエ。

 全く聞いたことのない名であった。四大魔法使いと呼ばれ、この世界の魔法を封印したうちの一人だ。恐らくヘレボレス国家内でかなりの権力を持つものであろう。そしてそれなりの実力も。

「アトラは、な……」

 再び気になったことを聞こうとしたが、寝ていた。そう、目の前の男は水上の魔女の名を口にした瞬間、いびきをかきながら寝ていたのだ。水上の魔女の名を口にしたら寝てしまうのかと思ったが全くもってそんな訳がない。

 アトラは酔いが回って遂に寝てしまった。私は夜風にあたるために家の前に出ていた。今更だが、ここが千年後の世界だとは思えない。

 

 昔、私が冒険者として一人で旅をしていた頃を思い出す。あの頃はまだ大人になったばかりで魔法の使い方もあまり上手ではなかった。そんな中、私は一度このフリージラ大森林の奥深くでエルフの一族に会ったのだ。彼らは小さな村で狩りをして生活していた。子供達は冒険者へ憧れを抱き、ただひたすらに魔法の鍛錬をしていた。そんな村を訪れた私に真っ先に話し掛けてくれたのは子供達に魔法を教えていた当時の私と同い年くらいの一人の少女だった。彼女は私を快く村へ招き入れてくれた。

「あなた凄く努力家でしょ」

 村を訪れたその日、昼食を食べさせてもらっている時に彼女は私にそう言った。確かに兄の教えで私は努力を一切惜しまなかった。努力は決して裏切らないと思っていたからだ。だがなぜそのことが初対面の彼女にわかったのかが謎だった。私は彼女に、なぜそのことがわかるのか聞いた。

「見ればわかるわよ。あなた腕も顔も傷まみれだもの。冒険者なんて生半可な心構えで出来るものじゃないわ。それに魔法だってあの子達みたいに遊び半分で使うものでもない。あなたが努力して魔法使いになったことくらいわかるわよ」

 彼女は窓から外の子供達を見ながらそう言った。全てを見透かされているようだった。実際、幼い頃から私は兄に魔法を教えてもらい、大人になるまで必死にそれを自分のものにしようと努力を積み重ねてきた。その甲斐もあって、冒険者として独り立ちする頃には村では私の名が少し有名になっていた程だ。

 冒険者となってからも、魔法のために努力をやめることはなかった。大きな山に向かって大量の魔力を消費して属性魔法を打ち込んだり、時には冒険者同士で争うことだってあった。その都度自身の努力を出し惜しみなどしなかった。それを目の前の会って半日しか経っていない少女は全て見透かしていた。

 それから数日、私はそのエルフの村で子供達に魔法を教えたりと平和に過ごしていた。そんなある日の夜、私は今みたく気分転換に外へ出て少し歩くことにしたのだった。その日は少し冷え込んでいた。夜も深け、寒さも増してきたので私は村へ引き返すことにした。早く帰って暖炉で温まりたかったのだ。だが村へ帰った頃にはその願いもついえていた。私の目の前にはただ、炎だけが広がっていた。そんな今にも身が焼かれてしまいそうな程激しく燃える炎の前に一人の男が立っていた。彼はエルフ達の特徴的な耳とは違った普通の耳をしており、村の部外者であることは明確であった。状況が掴めない私はその男に歩み寄って何が起こったのか聞こうとした。

「なんだ。まだ村のおこぼれがいたのか」

 その男は私の方を振り返り、冷たくそう吐き捨てた。その瞬間に私はこの村に何が起こったのかを察した。不思議と悲しみや怒りは湧いてこなかった。昔から私は人にあまり干渉し過ぎないようにしていたからだった。私が人に対しての理解がなかったせいもあったのかもしれない。気がついた頃には、私の目の前に男の遺体が転がっていた。

 その後は何事もなかったかのように私は村を後にし、ただひたすら冒険を続けた。それが私だったのだ。


「千年経ってもこの森は相変わらずだなあ」

 私は外を歩きながらそう一人で呟いた。気がつくとかなり歩いていたらしく、私は来た道を引き返すことにした。木々の隙間からは星々が見えた。

『ガサッ』

「うわ」

 星々に見とれていると、右側の草の中から物音がした。私はびっくりして大きな声を出すと同時に尻もちを着いてしまった。得体の知れない物音程怖いものはないと思う。一体さっきの物音は何だろうか。物音がした方を目を凝らしてみると何かが光っていた。

「嘘でしょ」

 それは魔獣マリュアの目であった。特徴的な黄色い瞳。忘れるはずがない。私はこの魔獣に殺されかけたのだから。だがそれは冒険者としての経験が足りなかった頃の話だ。今は違う。私は立ち上がった。それと同時に草の中から、魔獣マリュアが姿を現した。六本足で移動し、頭に付いている二本の角で冒険者を刺し殺す。その背中には鱗模様の分厚く頑丈な皮が付いている。こいつは間違いなく私の宿敵のマリュアだ。

「経験を積んだ今の私に掛かればお前なんか話にならない!」

 私は勢いよく立ち上がり、右足を踏み込んで対象に手のひらをかざした。そして私の得意とする闇属性の攻撃魔法を繰り出そうとした。が。

「え、あれ、なんで……」

 なぜか魔法が使えなかった。そういえばアトラの家へ向かう時、歩いて移動するのが面倒だったので転送魔法で移動したのだった。恐らくその際にこの小さな身体の中にある魔力を全て使い果たしてしまったのだろう。となると。

『ウオオオッ!』

 目の前に対峙していた魔獣マリュアは絶好の機会だと言わんばかりに雄叫びを上げ、私に向かって突進してきた。魔力を使い果たした魔法使いに出来ることは何もない。歩くことを惜しんだ私を恨むと同時に再び死を覚悟した。

『ドスンッ』

 目をつむって覚悟を決めていた私の目の前で、何かが倒れる音がした。本来ならもう鋭い角で急所を突き刺されて死んでいてもおかしくはないはずだ。だが私は確かに生きていた。

「お前何してんだよこんな夜遅くに」

 聞き覚えのある声がした。目を開けるとアトラの背中があった。私より一回り大きな男らしい背中が。その手元には大剣が握られていた。アトラの向こうでは先程、私を突き刺そうとしていた魔獣マリュアが首を真っ二つに切られて倒れている。

「な、な、なんでここにいるの?」

 私は動揺を隠しきれないまま、アトラに聞いた。

「いや、小便しに起きたらお前がいないからさ。もしかしたらと思って外歩いてたらこいつの雄叫びが聞こえたから走ってきたらお前がいた。夜はこいつら活発になるから出歩かない方が良いぜ」

 アトラは私を振り返りそう言った。魔獣マリュアが夜になると動きが活発になるとは知らなかった。アトラはそのことを知って、大剣を持って私を探しに来てくれたのだった。

 家へ帰る途中、私とアトラはあまり言葉を交わさなかった。無言で歩いている中、私はアトラに話し掛けた。

「どうしてさっき私のこと庇ってくれたの?」

 隣を歩くアトラは先程の私と同様、空にある星々を見上げて口を開いた。

「そりゃあ目の前で殺されそうになってるやつがいたら助けたくなるに決まってるだろ。ましてや俺らは一緒に飯食う仲なんだ」

 星を見上げるアトラの赤い瞳は空に光る星々より綺麗な気がした。

「そうだね」

 私は何となくではあるが、あの日、グラダルトが終焉を迎えたその日、私が命を落とす瞬間に庇ってくれた彼の気持ちが少しわかった気がした。

「寒いだろ?手繋ぐか?」

「つ、繋がない!」

 アトラが手を握ろうとしてきたが振り払った。間違いなく子供扱いされている。そこまで年齢は変わらないはずなのだが。身長差はある程度あれど恐らく私の身長的にもうあと二年程すれば大人として認められる年齢であろう。

 家へ帰るとアトラは部屋の左端のドアを開けて、この部屋を使うように言った。本来はアトラの寝室らしいが私が使っても良いらしい。部屋には大きなベッドが中央に置かれており、部屋の奥にはテーブルというよりは机といった方が正しい大きさの机と椅子が置かれていた。机側の壁には小窓が一つあり、そこから外の景色が伺えた。

「俺はこっちの部屋で寝るから。じゃまた明日な」

 アトラはそう言って夕食をとった部屋に戻っていった。私は申し訳ない気持ちと有難い気持ちが半々なままベッドに潜り込んだ。そして気がつくと私は眠りに落ちていた。


 夢を見ていた。兄が私に厳しく魔法を教えている夢だった。私と兄は、私がまだ赤子だった頃に両親を亡くしており、私が物心つくまでも、物心ついてからも兄が一人で私を育ててくれた。親からの愛情がなかった分、兄からの愛情はとても特別なものだった。夢の中では私と兄がただ楽しそうに平凡な毎日を送っていた。だがそんな平凡な生活は永遠には続かず、気がつくと私は大人になり、兄の元を離れると決めて村を後にした。兄は寂しげに私を見送っていた。だが私はその気持ちを理解することが出来なかった。私の決めたことなのだから自由にさせて欲しいと。ただそう思っていた。村の人々は私を不義理だとか兄不幸だと言っていた。

 自由を欲し、他人の気持ちを推し量れない考え方は生まれ変わった今も、これからもきっと変わることはないのだろうと思う。

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