アナタハドッチ? ― 善悪の狭間で ―

灯花

第0話 この世界

もしも

世界の人々が

ある基準によって、

善と悪に分けられていたら――


アナタハドッチ?


額に映し出される悪という文字。

この文字には、とてもあきあきしている。


……そんな世界のルールは、100年前のある発明から始まった。


『善悪判断遺伝子』。

20XX年、科学者によって開発されたそれは画期的な発明だと言われ、日本中で話題になり、世界へ広まった。


各国の政府はこの遺伝子を取り込ませることを義務化し、

人々は “自分が善である” と信じることで争いを避け、

平和的解決を選ぶようになり、自殺者も減っていった。


そして世界中が口を揃えて言った。


『これで世界は平和になる。誰を信じていいか、誰を頼っていいかわかるようになる』

『私たちはこれから素敵な世界を作り上げる』


――しかし、あくまでそれは数年間だけの話だった。


人は、自分が善か悪かを知らない。

例外を除き、他人の額の文字について口に出してはいけない。


その結果、人々は家族以外の額の文字だけで人を見るようになった。


事態を危惧した思想家たちは反善悪判断遺伝子団体を立ち上げ、

科学者を追い詰め、最後には自殺へと追い込んだ。


さらに遺伝子を取り除こうと多くの科学者が挑んだが、

それを消す技術を完成させることはできなかった。


けれど、この世界を縛るルールがわかった。


・自分はどちらかはわからない

・鏡にも水面にも自分の文字は映らない

・他人の文字を口にすると死ぬ

・親は子どもの文字を認識できない(一部の親族も同様)


例外:犯罪者の悪の度合いは報道してよい。


善悪の分類は四段階。


最良 / 良 / 悪 / 最悪

その基準を知る者は、今や誰もいない。


100年が経ち、すべては口伝えの伝説となりかけている――。


そして、そんな世界でひとり足掻こうとする少年がいる。


彼は、何かを失った。


いや、失ったことにすら気づいていない。


けれど、心のどこかで探している。


なくしたものを。


失ったものの形も名前も覚えていないのに、埋まらない場所だけが確かに残っている。


これは、善であろうとする少年――竹沢真人の物語。


彼は忘れられたのではない。思い出せないようにされていた。


失ったものを、取り戻す物語。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る