第121話 鷹司邸 『……情報収集って大事だよね?』

 いきなりショウコさんに絡んできた二十代前半の優男。


「アテナ、離せ。そいつ殺せない」


「ダンジョンの外ではさすがに殺しちゃ駄目だけどね!?」


 ……もしかしてこの子はダンジョンの中なら殺しても良いと思ってるのかな?


「大丈夫だ。ちょっとそいつの顔面を割れたスイカか潰れたトマトにする程度だから」


「それって絶対に死んでるよね!?」


 などと軽口を叩いてはいるが。


「ふん。まったく……。

 本人が本人なら、連れている男の質まで低い。

 もっとも、ある意味お似合いではありますか。

 まぁこれで? 我が家から厄介者が出ていってくれるのですから、ありがたいと言えばありがたい話ですが」


 俺の視線はアテナでも目の前の男でもなく。


「ええそうですね。

 鷹司の名に連なる資格もない人間など早々に整理すべきですね」


 男の後ろから静かに歩み寄る二人の女性――年の頃は二十代後半と三十代前半というところだろうか?

 華やかな装いと完璧な微笑。……もっともその瞳は氷の刃のように鋭利だったが。

 そんな二人に向けられていた。


「こ、これはこれは……」


 後ろに立つ存在にようやく気付いた優男が慌てて姿勢を正すが、歩いてきた二人はちらりともそちらに視線を向けることはなく。


「硝子さん」


 心地の良い、人を引き付けるその声。


「顔を合わせるのは随分と久しいわね」


「ご無沙汰しております葛葉お祖母様」


 そんな彼女にショウコさんがゆっくりと頭を下げる。

 鷹司葛葉。カズラさんに聞いていた鷹司家当主の名前。

 従姉妹同士だし、ショウコさんがその人をお祖母様と呼ぶことに何も不思議はないんだけど。


「こうしてあなたがパーティに顔を出してくれるのは九年ぶり……いえ、十年になるかしら?

 ふふっ、最後に見たときはまだ背丈も今の半分ほどだった気がするわ」


「いくらなんでもそこまでではございませんが……。

 それに、随分と変わられたのはお祖母様と伯母様のほうでは?」


 ……だよね!?

 だって、ショウコさんとカズラさんは同い年。

 そのお母さんだって、若くて四十代半ば、五十代くらいじゃん!?

 まぁそれくらいの歳でも二十代に見えなくもない女性もいるけどさ!!


 俺の目の前に居る二人は二十代と三十代。

 さすがに七十代以上であろうお祖母さんが三十代に見えるのはおかしすぎるよね!?


 これ、事前に歳を知らなかったら、誘われたら間違いなく着いていっちゃうと思うんだけど?

 ……もしかして俺はとんでもない『入浴剤(クスリ)』を世に放ってしまったのでは?


 さすがに見た目が若くても七十代は無いよな……。

 ある意味失礼なことを想像し恐れおののく俺と、こちらを向いたご当主の視線が重なったので『ボウ・アンド・スクレープ(片足を少し引いて腰を曲げるアレ)』でご挨拶。


「お初にお目にかかります。柏木夕霧と申します。

 本日はこのような場へのご招待感謝の念に絶えません。

 いや、それにしても……。

 ショウコさん、カズラさんから満開の白百合のようなそのお美しさは聞かせていただいておりましたが、まさかこれほどまでとは……。

 こうしてお目通り叶いましたこと、これより一生涯の栄誉でございます」


 そんな俺の挨拶にドレスの裾をつまみ、完璧なカーテシーを返してくれる葛葉さん。


「あらあら。このようなおばあちゃんに白百合なんて……夕霧さんはずいぶんとお口がお達者なようで。

 それにしてもあなた……ずいぶんと懐かしいご挨拶をなさるのね?

 今どきあちらの国の作法を知っている若い方なんてなかなかいませんよ?」


 あちらの国……葛葉さん(ヨーロッパ)と俺(異世界)で随分齟齬があるが気にしてはいけない。

 ていうかこっちの日本での貴族様の挨拶を知らないだけなんだけどね?

 先ほどまで『当主』のとしての葛葉さんの威圧感のようなモノが随分と和らいだ気がする。。


「ふふっ、こうしてあなたと縁を結べたことこそ鷹司にとっての僥倖。

 硝子さん、あなたの殿方を見る目は確なようですね?」


「お褒めにあずかり光栄に存じますお祖母様。

 でも、私が彼を見つけたのではなく彼が私を見つけてくれたのですよ?」


 そっと俺に寄りかかってくるショウコさん可愛い……。


「あらあら、これはごちそうさま」


 祖母と孫娘の和やかで優しい空気。

 ほのぼのとしたその空間に、


「お、お祖母様! お久しぶりでございます!!」


 場違いな大きな声を出して割り込んできた一人の男。

 てかさっきから顔を赤くしたり青くしたり、百面相してたのは見えてたんだけどね?


 それにしてもこいつ……正気か?

 いままでその存在を無視されてたことこそが最大限の温情だったとどうして理解できないんだ?


 そちらへと視線を向ける葛葉さん。


「……先ほどから視界の端で騒がしいと思っておりましたが」


 その声音は低くて平坦。

 先ほどまでの柔らかな温度は影も形もない。


「何か御用なのかしら?」


「い、いえ、私は中務家の――」


「そもそも」


 葛葉は、男の言葉を無視して被せる。


「あなたのような人間にお祖母様と呼ばれる覚えはございませんが」


 静まり返る――いや、この男が硝子さんを罵倒した瞬間からずっと現場は凍りついたままだけど。


「こ、これは失礼を……! わ、私は中務家の人間で――」


「あなたは何を言っているのですか?

 先ほど自分自信で鷹司の身内ではないと宣言したところでしょう?」


「は、はい? いえ、そのようなことは……いったいどういうことで……」


 他人の俺ですら理解できる致命的な失言を、どうやら本人はまったく理解していないらしい


「……藤孝さん」


「はっ、ははっ!!」


 名を呼ばれ、口を半開きにしたまま蒼真っ青な顔で立ち尽くしていた初老の男性が返事をする。


「この男は中務の身内なのかしら?」


「い、いいえ!

 そのような者は存じ上げません!!」


「なっ!? 父上っ!?」


「ならば、速やかに退場させなさい」


 声を荒げることも感情を露わにすることもなく再びそちらに目を向けることもなく男を退場させる葛葉さん。


「お、お、お、お許しを!!

 せめて謝罪させていただく機会を!!」


 いやお前、自分が何をやらかしたのかすら理解してない人間が何を謝ろうって言うんだよ……。

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