第27話 「つまり、メルクリウスはビリケンさんだった?」

 一人ぼっちの部屋の中。

 先ほどまで俺の体を包みこむように漂っていた彼女の匂い――いや、服からは肉の脂の匂いしかしてなかったけれども。


 てか風呂に入りてぇ。でも、汚ねぇ銭湯だと湯船のそこか砂でジャリジャリしてるんだよなぁ……ソースは○○ワールド。

 そういえばダンジョンモールの施設にシャワールームがあった気がするな。


「てことで朝イチそれを使わせてもらうとして。

 今日も元気に――メルクリウスっ!!」(シュババババババ!!)


 ……俺、いつまで呼び出すのにポーズ取り続ければいけないんだろう?


『もちろん、ずっとですが?』


 こいつには俺に対するリスペクトと優しさが足りないのではないだろうか?


「さて! 今日の目的であるお姉さんと焼肉っ!

 ……じゃなくて、取引先開拓のための情報収集も無事完了!

 ということで、最初の取引先は【ルフレ教会】で!」


『マップ画面で教会をタップしてください』


 ……こいつには俺に対する優しさががががが……。

 伝えたいことは山ほどあるが、何を言っても無視されるだけなのでぐっと我慢。


 地図で言うところの北西部分。

 そこにある、それなりに大きな建物――ルフレ教会をタップする。

 【取引を開始してもよろしいですか?】の表示に「YES」を選べばお待ちかね、新商品がずらりと――


 ……

 ……

 ……


「いつまで待っても何も並ばないんだけど!?」


『逆に聞きますけど、どうして取引先が増えただけで商品が買えるようになると思ってるんですか?』


「こいつ……マジこいつ……」


 相変わらず俺がキレるかキレないかの、絶妙なラインで煽ってくるメルクリウス。

 確かに? 店の前でボーっと突っ立ってても売り物が並ぶわけもないし?

 買い物カゴに勝手に商品が入ることもない――いや果たしてそうだろうか?


 だってほら、スーパーで買い物してたらさ。

 キラキラ(笑)ネームをつけられてそうな、見るからに育ちの悪そうな髪の毛染めたクソガキ(※あくまで個人の感想です)が、他人の買い物カゴに菓子やおもちゃを放り込んでたりするじゃん?


 いや、それとこれはまったく関係ないんだけどさ。

 引きつる顔と苛立つ気持ちを押さえ込み、俺は教会の中へ入る。

 さあ、いよいよここから、本格的な交渉が始まる――


「これと言って何も変化のない画面と交渉とかいったいどうすりゃいいんだよ!」


『話しかければいいんじゃないですか? 知らんけど』


「よし、一回○そう」


 これがドラ○エなら迷わず『攻撃』を選んでいるところなのだが……。

 相手は姿すら見えない高次元の存在。怒りをぶつける場所はどこにもなく。


「クッ、この振り上げた拳はいったいどこにぶつければ……っ!」


 力いっぱい床ドンしそうになった、その瞬間。


『さっきからごちゃごちゃとうるさいわねっ!

 少し静かにしてもらえないかしらっ!?』


「面目次第もござらぬ!」


 ……お隣さんに壁ドンされたでござる。

 いやいや、夜中にうるさいのは鉄仮面さんの方じゃん!

 なにそのブーメラン芸人みたいな見事な逆ギレ……とはいえ。

 得体のしれない隣人に文句を言い返せるほど命知らずではない俺の選択は泣き寝入りの一択。


 まぁ、あれだ。なんだかんだでもう23時だしな?

 うん、うるさいのは良くないよね?

 ……引っ越す前に夜通し般若心経を唱えてやろうと、心に誓う。


 それにしてもメルクリウス。

 語尾と煽り方の感じからして……こいつ間違いなく関西人だろ?

 関西、そして商売の神様。


「つまり、メルクリウスはビリケンさんだった?」


『私はビリケンさんではありませんよ?』


「知ってるけどね?」


 とりあえずメルクリウスが銀髪ショートの美少女だったと仮定する。

 シンセカイに設えられた、神殿とは名ばかりの小さな小屋。

 そこに繋がれた彼女の足の裏を、通行人が入れ代わり立ち代わり撫でていく。

 (※ビリケンさんは足の裏を撫でるとご利益があるらしいです)


 くすぐったさ、そして見ず知らずの他人に足裏を触られるという羞恥。

 恥ずかしさと、彼女の知らない快楽に顔を上気させて悶えるメルクリウスの痴態――


「……なんとなくメルちゃんには優しくなれそうな気がしてきた」


『良くわかりませんが、とても気持ちが悪いのでやめてください』


 ……明日も朝からダンジョンなのに何をしてるんだ俺は。

 気を取り直し、声を潜めてヒソヒソと教会関係者に話しかける。


「どうも、いつもお世話になっておりますー。

 このたび、こちらの街で商売を始めることとなりましたカシワギと申します。

 本日は光神の案内人たる教会の皆様にご挨拶をと思いたち、参上いたしました次第で――」


 ……夜中に一人、何の小芝居をしてるんだ俺は?


『おお、これはこれは。ようこそいらっしゃいました』


 そろそろ俺のグラスハートが砕け散りそうになったところで、ようやく返事が返ってきた。

 どうやらメルクリウスと同じく、司祭様(NPC? それとも現地の異世界人?)とのやり取りもテキストで返されるらしい。


 そこから長ったらしい挨拶と社交辞令を済ませ、やっと並んだ商品リスト。

 新しく買えるようになった品は、


【下級HPポーション 価格:100容量】

【下級状態異常回復ポーション 価格:100容量】

【聖水(※聖女様のモノではない) 価格:100容量】


 の三種類。……よし! 想像通りポーションが出た!


「値段は一律、魔石容量が100か」


 日本円にして約1万円。

 イスカリアで使ってた下級ポーションと同等性能なら、かなり安い価格設定では?

 てか最後の聖水。そんな注釈いらねぇわ!


 昨日今日で稼いだ魔石は800オーバー。

 余裕で三種類を1本ずつ購入。すかさず鑑定にかける。


 商品名は【下級HPポーション(イスカリア)】。

 名前だけ見るとモールで売ってたやつと産地以外は変わらないんだな。

 でも、同じ『下級』ポーションなのに、性能はまったくの別物みたいで。


「まぁ、そのへんは明日中務さんと相談すればいいか」


 それでなくとも朝早くからの肉体労働で、そろそろ加減眠気も限界突破……。

 体が横揺れを始めたので、お隣さんの怨嗟の声を子守唄に眠りにつくことに。


 ふっ、さすがに今日で三回目ともなればそれにも慣れ――


『ころしてやるころしてやるころしてやるころしてやる……』


 やっぱ普通に怖ぇわ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る