第2話 春は出会いの季節

高校に入学した千鶴は、書道が「好き」だった。授業は退屈でも、黒板の字を見る時間だけは心が落ち着いた。


ある日の放課後、千鶴は落としてしまった入部届を探していた。すると、それを拾っている少年が目に入る。


「これ捨てたの、君? えっと、青葉…何て読むの?」

千鶴は息を切らしながらも声をかけた。


「すみ」

少年は少し照れたように答える。


「すみ、可愛い名前だね」

千鶴は素直に微笑んだ。


「すみくん、私と書道部に行かない?」

拾ってくれたお礼代わりのように、勢いで誘ってしまった。


「僕はもう、行かない」

少年の返事は思いのほか冷たかった。


「もうってことは、一度は行ったんだ?」

千鶴は首をかしげる。


「うん。ここの書道部は書道部じゃないんだよ」

すみは小さくため息をついた。



二人が部室へ向かうと、そこはカラフルな物だらけで、墨の匂いすらしなかった。


「何じゃこれ!?」

千鶴は叫ぶ。


「また来たの? アンタ暇なの〜?」

ギャル達が気だるそうに振り返った。


「僕は書道をしに来ました」

すみはまっすぐに言った。


「書道とかまじキモ〜」

「汚いし臭いし。この香水の匂いのほうがいいでしょ」

先輩達は笑いながら言いたい放題だ。


「暇ならさ、お茶買ってきて」


「私、サイダーで、よろしく〜」

完全にパシリ扱いだった。


「てめぇらは昭和か?」

千鶴がぼそっと返す。


「はあ?」

先輩達の眉が跳ね上がる。


「聞こえなかったならもう一度言いますよ。あなた達は偏見にまみれた昭和のババアですか?」

千鶴は堂々と言い放った。


「アンタ先輩に向かって何言ってんの?」


「分かってんでしょうね!」

ギャル達が詰め寄る。


「先輩だからって何言ってもいいわけじゃないんだよ! あんた達だって文字を書くでしょうが! それと何が違うのよ!!」

千鶴は強く立ち向かった。


「やる気ないなら来ないでもらえる?」

先輩が鼻で笑う。


「いやよ。ここ暇つぶしにちょうどいいんだから」

もう一人も挑発する。


「じゃあ、書道パフォーマンスで私達が勝ったら、辞めるか心入れ替えるかしてもらえますか?」

千鶴は静かに条件を突きつけた。


「何言ってんのこいつ」

先輩達は呆れた声を漏らす。


「負けるのが怖いんですか?」

すみが一歩踏み出す。


「舐めてんじゃないわよ、クソガキ」

先輩は吐き捨てるように言った。


「じゃあ、お願いしますね、先輩」

千鶴は勝負を受けさせた。


ギャル達は舌打ちしながら部室を出ていく。


静かになった部室で、すみが不安そうに言う。


「書道パフォーマンスで勝負なんて…僕、やったことありませんけど」


「私もない」

千鶴も正直に返す。


「え!? じゃあ何であんなこと…」

すみは目を丸くした。


「知ってる? 20年前まで、ここの書道パフォーマンスは有名だったんだよ」


千鶴はゆっくり語り始めた。


「毎年のように全国大会に出て、5回優勝してたの。私、10年前、5歳のときに見た書道パフォーマンスが忘れられないの。あの美しい色をもう一度見てみたいんだ」


「でも、今は落ちぶれてますけど?」

すみは正直に言う。


「私が見た翌年から、ノミネートも優勝もないの」

千鶴は寂しげに笑った。


「そうですか……でも、僕たち2人だけでできるんですか?」

すみの不安は消えない。


「大丈夫! もう1人声かけてるから!」

千鶴の声は明るかった。



2人は、千鶴が友人と待ち合わせをしているファミレスに着き、座った。


(夏川さん、あんなに自信あったし、何か勝つ方法があるのかな?)


すみの心はドキドキしていた。

すると……


「お願いします!!まこちゃん!!」

千鶴は床に座り、友人に頭を下げ土下座をした。

千鶴の前にいるのは、中村真琴。

同じ高校ではあるが、特進クラスである1年1組である。千鶴とは、小学校から同じの幼馴染である。


「え!!」


その行動にすみは驚き、思わず声が出ていた。

すみは、土下座を見ているもう1人の顔を見た。

その女の表情は、真顔であった。


「いやよ。勉強に支障きたすから」

真琴は千鶴にそっけない。


「そんな言わないでくださいませ!!マジでなんでもするんでマジでお願いします!!一生のお願い!!」

千鶴はさらに深く頭を下げる。


「アンタ私に何回“一生”使ってんのよ」

まこは呆れたように言う。


「何度でした?」

千鶴がニヤッと笑う。


「アホ……で? あなたは?」

真琴はすみに視線を向ける。


「僕は夏川さんと一緒に戦うことになりました。一年7組、青葉澄です」

すみは礼儀正しく挨拶した。


「あなたはしっかりしてそうね」

まこはうなずく。


「……え?」

千鶴が驚いた声を出す。


「そうよ。だから安心して、私たちの力になってほしいの」

真琴が静かに言った。


「条件がある」

真琴は腕を組む。


「なんでも承ります!!」

千鶴とすみが同時に叫んだ。


「まこちゃんのお姉さん、ダンスの先生なの。だから——」

千鶴が説明しようとすると、


「何でダンスなんですか?」

すみが疑問を挟む。


「すみくんさ、書道パフォーマンス見たことある?」

千鶴はスマホを取り出す。


「ないです」

すみは首を振る。


「これ見て! 私が1万回以上見た動画なんだけど」

千鶴が再生ボタンを押す。


画面に映ったパフォーマンスは、言葉では表せないほど美しかった。


「アンタ達、やる気あんの?」

動画を見終えたまこが静かに問いかける。


「あります!!」

千鶴が拳を握る。


「僕もあります!!」

すみも負けじと声を上げた。


「曲とダンスはこっちで決めていいの?」

真琴は確認する。


「お願いします!!」

二人の声は揃っていた。


「1週間しかないんだからスパルタでいくわよ。そして勝つわよ!」


「おーー!」

二人の声が響く。


「すみくんも、真琴ちゃんも!」

千鶴がさらに声を上げる。


「「「おーーー!!」」」


練習の合間、ふとまこが言う。


「ここにきて何よ? そんな感じだったの?」


「そういえばそんな感じだったかも」

千鶴が笑う。


「どうします?」

すみが聞く。


「枠は入れてあるらしいけど」

真琴が答える。


「やるよ。完全勝利を届けてやろう」

千鶴が力強く言った。


「はい!!」

すみも続く。


「私、いいこと思いついたから先生に話してくる!!」

千鶴は突然走り出した。


「うん」

すみと真琴は見送る。


「そういえば顧問の先生いたっけね」

まこが思い出すように言う。


「はい」

すみがうなずく。


「先生、お願いしますね」

千鶴が戻ってきて頭を下げる。


「ええ、分かったわ」

先生は静かに承諾した。


本番前、三人は円陣を組むことになった。


「円陣とかしようか」

千鶴が提案する。


「えー」

まこが渋る。


「じゃあ多数決! やる人ー!」

千鶴が手を挙げる。


「はい!!」

すみが続く。


「決定」

千鶴が嬉しそうに笑う。


「しょうがないか。掛け声どうすんの?」

真琴が尋ねる。


「私が言うの?」

千鶴が戸惑う。


「言い出したのアンタでしょ?」

真琴が突っ込む。


「うん。じゃあ——

楽しく、美しく、そして丁寧に行くぞ〜!」


「「おーーー!!」」


全校生徒が集まる中、三人で書道パフォーマンスを披露した。

筆が舞い、紙が揺れ、息が合う。

そして、観客の視線は気づけば夏川千鶴に釘付けだった。


結構は――勝利。


「やったね!! すみくん!! ……えっ? どうしたの?」

千鶴が振り向くと、すみは涙を流していた。


「嬉しくて、嬉しくて!!」

すみは言葉を震わせた。


「嬉しいよね。だって、私たちは初めての試合で初めての勝利をもらったんだから」

千鶴は優しく笑う。


「そこもありますけど……誰かと何かを成し遂げるって、こんなにも楽しいんだって知って、僕は……」

すみは涙のまま言葉をつなぐ。


「そうね、そうよね」

千鶴が横を見ると、真琴も泣いていた。


「アンタも泣いてるんかい(笑)」

すみが笑う。


「私、チームメイトが2人でよかった」

千鶴がぽつりとこぼす。


「何言ってんのよ。私たちはここが終わりじゃないのよ。ここから始まるのよ。こんなんで泣いてたら、これからどうすんのよ」

真琴は鼻をすすりながらも気丈に言う。


「あ〜まこちゃん〜すみくん〜ありがとう〜」

千鶴が二人に抱きつく。


「こちらこそです〜」

すみも涙声で返す。


「今日は泣きなさいな」

真琴がそっと肩を抱く。


三人は涙と笑顔で勝利を喜び合った。

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