俺の力?スキル【スーパーマーケット】は異世界では地獄。

山田 ソラ

プロローグ「唐突な始まり」

ピッ、ピッ。


 規則正しい電子音が、真夜中の店内に乾いたリズムを刻んでいた。


 棚卸しの終わった静かなスーパーマーケット。

 カートの車輪の跡、冷食コーナーの霜、値引きシールの入ったバケツ。

 どれも見慣れた、日常の風景だ。


 深夜シフトのアルバイター、**天外 勉(てんがい つとむ)**は、最後のお客の会計を終えた。


「ありがとうございましたー……」


 疲れた声を出しながら、レジ横にある椅子へと腰を下ろす。


 その瞬間、胸の奥が、ぐしゃりと掴まれたように痛んだ。


「……あ?」


 心臓が跳ねる。

 呼吸が落ちる。

 視界が揺れる。


 倒れるようにレジカウンターへ寄りかかった時、世界はふっと暗転した。


 ツトムは苦しみながら、どこか冷静に思う。


(深夜シフトって心臓に悪いよな……)


 そう考えたところで意識を失った。


ピッ、ピッ。


 その音で、ツトムは目を開ける。


 見慣れた天井。

 蛍光灯の白い光。

 レジの電子音。


 ……そして、自分がレジの前に“立っている”ことに気づく。


「え……? 俺……倒れたんじゃ……」


 周囲を見渡す。

 店内はいつも通り。

 いや、いつも通りすぎる。


 不気味なくらいに、すべて元のままの深夜のスーパー。


 ツトムはふらつきながら自動ドアへ歩き、外を覗いた。


「……は?」


 そこにはアスファルトではなく、舗装された駐車場でもなく。


 深い森。

 木々が風でざわめき、獣の鳴き声が響く“完全な異世界の森”。


「うそ……だろ……?」


 自動ドアに手を伸ばし、恐る恐る外へ足を踏み出す。


 ……土の感触。

 ……冷たい風。

 ……湿った草の匂い。


 ツトムは凍りついた。


「なんで森!? ここ、俺の働いてたスーパーだよな!?え、え、え、なに……? は? 異世界転移……?いや俺、死んだ!? 倒れた!? 何これ!!?」


 パニックのまま駐車場だったはずの場所へ進むと。


コンッ。


 透明な壁のようなものに顔面をぶつけた。


「いっっっ!!」


 触れると何もない。

 しかし、一歩以上外へ出られない。


「え……俺、閉じ込められてるの……?

 こんな……スーパーごと……?」


 ツトムが震える声でつぶやいたその時。


ザザッ……ザザザ……


 茂みを掻き分ける音が響き、革鎧を着た冒険者らしき3人組が現れた。


「なんだ……あの輝く建物は……?」

「遺跡か? 魔法の結界が張られている……」

「いや、入口は……自動で開いたぞ!?」


「ちょっと待って! 入らないで!」


 ツトムが叫ぶ間もなく、冒険者たちは好奇心に負けて店内へ入る。


 その瞬間。


 ツトムの身体が、勝手にレジ前へ戻った。


 足が勝手に動く。

 声が勝手に出る。


「いらっしゃいませッ!!!」


 喉が裂けるほどの明るい接客トーン。


 冒険者たちは困惑しながら店内へ入っていく。


「な、なんだ!? 体が勝手に動く!」

「カゴ?を持ってしまった!」

「商品?を……手に……!? なんだこの水は!? うまそう!!」


 強制的に“買い物行動”を始めたのだ。


 足が止まらない。

 視線が商品棚へ吸い寄せられる。

 手が勝手にアイテムを掴む。


 店内を回る冒険者たち。

 レジに戻されるツトム。


 そして、彼らがレジに来ると。


「お会計、金貨3枚と銀貨1枚でございます」


 レジが金貨をスキャンした。


ツトム「なんで読み取るんだァァァァァ!!?」


 その瞬間、ツトムに雷のような記憶が走る。

 神様との会話の断片だ。


『ここは異世界。スキル【スーパーマーケット】の内部。そして、お前は“この店のレジ打ちから逃げられない”。』


 森の奥から、続々と人影が現れる。

 買い物客だ。


 ツトムの身体は笑顔のまま動き続ける。


「ありがとうございましたー!!」

(助けてえええぇぇ……!!)


 こうして、異世界に転移したスーパーマーケットと、働かされ続けるツトムの地獄が始まった。


 これは強制レジ打ちスキルに囚われた男が、異世界の経済と文明をぶっ壊していく物語である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る