第5話

「おじいさんはこの街の人なんですか?」


 おじいさんに肩を貸しながら女の子は質問をしました。


「うぅむ。それがなよく思い出せないのじゃよ」


 おじいさんは本当に申し訳なさそうに答えました。


「だが、なんとなくこの街に住んでいないと思うのじゃ。

住んでいたところには雪が積もっていたように思うのじゃよ」

「雪が積もっていた。ふーん。この辺は余り雪が降らないのよ。降っても雪が積もることもめったにないんです。

すると、おじいさんは外国の人なのかも知れないわ」


 女の子は少し難しい顔をして言いました。


「う~ん、すまない。なにもかも思い出せない」


 おじいさんは肩を落として答えました。けれども、そんなおじいさんに女の子はにっこり微笑みを返しました。


「よかった。さっきより、おじいさん元気になってる。初めて見たときは今にも死んじゃうんじゃないかと思ったもの」

「ああ、お嬢ちゃんのおかげかな。少し元気が出てきたよ」


 おじいさんも女の子に笑いかえしました。


「じゃあね、おじいさんが思い出せることをなんでも思い出して教えて」

「ふ~ん、そうじゃの……

気がついたら公園で寝ておった」

「公園?」

「うむ。この先に公園があってな。目を覚ますと地面に倒れていたのだよ」

「そう。じゃあ、まず、そこへ行ってみましょう」


 公園までやって来ると女の子は言いました。


「さあ、ついた。それで、おじいさんはどの辺に倒れていたの?」


 おじいさんはひとしきり公園を見わたすと花だんを指さしました。花壇といっても今は背の低い草ばかりで緑のじゅうたんのようでした。


 おじいさんが指さしたところを見ると確かに草が少しへこんでいます。


「あれはなにかしら?」


 花壇のすみっこになにか落ちていました。


「帽子?」


 なるほど、それは赤い色をした帽子でした。三角帽と呼ばれるものです。


「なんか見たことあるわねぇ」


 女の子は首を右に45度ほど傾けながらつぶやきました。


「ねえ、これおじいさんの帽子かしら?」

「う~~~ん、分からないなぁ」


 おじいさんも首を左に30度ほど傾けながら答えました。


「ああ、ここにいた。ずいぶん探したんだ」


 不意に声がしました。振りむくとさっきの男の子がいました。横にはお巡りさんが立っていました。


「このおじいさんだよ。どうも自分の名前を思い出せないらしいんだ」


 男の子はおじいさんを指さしながらお巡りさんに言いました。


「えっと、なんだっけ。保護っていうの?

このおじいさんを保護してやってよ」

「ああ、ええっと……

おじいさんなんてどこにいるんだい?」


 お巡りさんの言葉に男の子は思わず、えっ?、といってしまいました。

 そして、あわてて、女の子とおじいさんを確認します。二人とも目の前にいました。


「どこって、目の前にいるじゃん」

「女の子はいるがおじいさんなんていないぞ」


 お巡りさんは少し怖い声で言いました。


「そんな! 女の子の横にいるじゃん。

見えないの?」

「あーー、ごめんなさい。ごめんなさい。

この子、わたしと喧嘩して、その仕返しにわたしを驚かそうとしているんだと思います」


 男の子とお巡りさんの間に女の子が割って入ってきました。女の子の言葉を聞くとお巡りさんの眉がピクピクと動くとみるみる顔が険しくなります。


「本当かい?」

「ち、ちがうよ。だってそこに本当におじいさんが……」

「ごめんなさい。後はわたしがちゃんと言い聞かせますから、今日は許してください」


 手を引っ張って男の子を黙らせると女の子はまくし立てました。

 お巡りさんは男の子と女の子を交互に見返します。やがて、


「クリスマスで忙しいからこんなイタズラはしちゃダメだよ!

今回は許すけど、次やったらお仕置きをするからね」


 お巡りさんはそう言うと、ぷりぷりと怒りながら行ってしまいました。

 お巡りさんの後ろ姿を見送ると女の子は胸をなでおろしました。


「一体全体どういうことだよ」


 男の子は大声で叫びました。逆に女の子はいたって落ち着いています。やっぱり、と一言つぶやきました。


「なにがやっぱりなんだよ」

「おじいさんはどうも他の人には見えないみたいなの」

「他の人には見えない……?」


 男の子はおじいさんを見かえしました。ちゃんとおじいさんは見えます。

 ごしごし、ごしごし目をこすり。ぱちくり、ぱちくり、目を開けたり、閉じたりしておじいさんを何度も見直しましたが、ちゃんと見えました。一度だって見えなくなるなんてことは起きませんでした。


「わたしもなんどか他の人に助けを頼んだのよ。でも、だれもおじいさんが見えないようだったの。見えたのはあなただけよ」

「そんな事ってあるのか……まさか幽霊?」

「違うわ。さわれるし、温かいもの。

おじいさんはちゃんと生きているわ」


 女の子は強い口調で言いました。

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