僕と聖女様の世界救世譚

魚沼産コシヒカリ

第1話

この夢を最後に見た日を園崎健次ーこの物語の主人公は覚えていない。それは巨乳のお姉さんと出会い共に暮らし、そして、世界を救う物語である。けれどその物語を健次は覚えていない。ただ漫然と忘却の時間中を過ごしていく内に少年はいつのまにか青年となり、ついにお姉さんと同じ年齢になってしまった!

春の日差しが僕を照らしている。春は全ての−物語の始まりの季節だ。少年少女が出会いそして別れる、これほど都合の良い季節はない。

僕はなんだかうやむやな気分で登校をしていた。それは今朝の不思議な出来事のせいである。その時健次は朝ごはんを食べていた。

まだ、早い日のことである。熱くもなく冷たくもない陽の光が窓より差し込んでなんだか眩しかった。なんの変哲のない朝の様に思えた。

窓を覗く“眼”があることに気づいたのはほんの偶然である。と言うよりほとんど勘だった。

窓の外には尾の長い青い羽の鳥が止まっていた。僕はなんだか珍しい鳥だなと思いながらそれを見ていた。その鳥の可笑しさに改めて気づいたのは10分もの間、鳥が瞬きの一つもせず窓を見つめていたからであった。まるで誰かを監視しているみたいに。気味の悪くなった僕はカーテンを閉めようとした。致し方あるまい。僕はもう一度窓の外の尾長鳥を覗いた。目をギョロとさせ、痩せこけた青色の鳥は僕が見返したのに気づくと、「ガァァァァ」と鳴いて、そして飛び去った。僕はカーテンを急いで閉じた。


桜の花びらが激しく舞っている坂道をずっと進んだところに僕の通う一条高校はある。最近作られたばかりの新参の高校にも関わらず、創立20年目にして都内屈指の名門校の座を持った進学校だ。この坂を登る生徒、特に新入生が希望に満ちた眼差しを持っていることは想像に難くない。まるで見知らぬ世界に幸せがあると信じて。僕は昇降口に貼られた自分のクラスと番号を確認し、1組に入った。

1組は少し慌ただしかった。当然だ、には初見の生徒が大半のはずなのだから。けれども、その中でもやはり際立つ人というものは自ずと出てくるもので、僕の席の左、橘あかりがそれだった。既にその女の周りには少数の女子が屯していた。理由は明白だ、彼女が人間離れをした美貌の持ち主だからである。

「橘さん、かわい〜ね。中学でもモテたんじゃないの?」

「いやぁ、そんなことはないよ。」

「え〜。私だったらこんな子見たらすぐ告白しちゃうのに…」

はぁっとため息を付いた音が聞こえるが、それが周りの女学生によるものか橘あかりによるものかよく分からない。もし仮にため息が橘あかりのものだったならば僕はこの音を一生忘れないだろうと思う。それほどまでに彼女の存在は強烈なものであった。

僕は左の席が騒がしいのと、元々異性と関わるのは苦手だったので狸寝入りを決め込むことにした。僕は机に突っ伏し寝ようとする。その時トントンと肩を叩かれた感触がある。振り返ると僕の一つ後ろの席に座った茶髪の男だった。男はニヤニヤ笑って僕に顔をぐっと近づけると僕はより彼の顔をはっきりとし認知することができた。中々のイケメンだ。鼻筋がくっきりとし、肌が白い、さらりとした髪を垂らしている。

「おい、お前だよ。お前。俺は高木良って名前なんだ。よろしくな。」

僕はこの男の勢いに若干面食らいながらもなんとか返事を返した。

「僕の名前は園崎健次、よろしく。」

「園崎、そのさき…、よしじゃあお前の名前は今日からそのっちだ!」

「…」

僕はあまりこういうノリは好きではない。むしろ高木の他者の警戒心を簡単に踏み越えてしまう危うさは僕の警戒心をより強くさせた。僕と高木は世界が違う。どうして僕なんかに話しかけるのだろう?

こんな僕の不安を見透かしたように彼は言った。

「俺は、昔から勘の良さだけが取り柄なんだ。人がどんな人間かとかどういう経歴だとか大体雰囲気でわかる。俺は、正直この学校に何の期待もしてなかったんだ。あのつまらん校長講話をしてる学校だからな。でも、お前は違った。他の人とは明らかに違う人生を送ってきたんだと俺は確信したんだ。なぁどうなんだ。俺は正しいだろう?」

「分からない。」とだけ僕は言った。ついでに僕の人生についていくつか要点をつまみ出して語った。ありきたりな普通の人生だった。

「そ、そんなっ、俺の勘は間違っていたのか…?」

「とにかく、僕は君が思うような変な人間じゃないと思う。じゃあそれじゃ。」

「おいおい、待て待て。『旅は道連れ世は情け』。ここで会ったが何かの縁。俺とお前、友達になろうじゃないか。」

…人生において沢山あって困らないものが二つある。それはお金、そして友達だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


なんだか不思議な一日だった。まず、第一に不思議な出来事が多すぎた。尾長鳥、橘あかり、勘と顔だけが取り柄の新たな友達。

それでも、と思った。今日は満たされた一日だったと僕は断言できる。高木が言っていたようにこの学校に期待してることなど何もなかった。けれど、今は明日という日が楽しみになっている。

日が傾き始め、僕は夕方の橙色の坂道を下っていた。それは一度通った道である。けれど、時の流れと僕の浮き足だった心境がより美しく道を照らしていた。




公園の狭い通り道である。太陽はもう水平線上になく、夜のとばりが下りてさえいる。静かな街だ。夜の静寂は一つの風音さえ許さない。

僕はこの静けさが好きだった。何でもないようなただの静けさが。そして、その静けさが僕を少し敏感にさせていたように思う。

「はぁっ」

ふいに女のため息が聞こえた。僕はそれが誰のものであるか理解することができた。

「橘あかり?」

僕は公園の中に入っていた。橘あかりは男の人と何やら揉め事を起こしている。

「だから、私をストーカーしないでください!!」

「何だヨォ、嬢ちゃん。こうナッたら襲うしかないなぁ。」

40才ぐらいのスーツのおじさんは少女の手首を掴む。橘は何とか振りほどこうとするけれど、おじさんの握力はなんと力強いことか。ベンチの上に少女は押し倒される。橘はおじさんに犯されてしまう恐怖で歪められた青褪めた顔をした。

ガンッと言う衝撃音。おじさんは糸の切れた人形のように倒れた。僕は気づいたら手に持っていた鉄パイプでおじさんを殴り倒していた。橘は閉じこまってひくひくとしている。鉄パイプを道端に投げ捨ててしまうと僕は少女に手を差し伸べた。

「大丈夫?」

「貴方は…隣の席の…。」

「そう、僕の名前は園崎健次。出来れば鉄パイプで殴ったことは黙っていて欲しいな。」

橘あかりはウンウンと頷いた。僕は橘あかりを立たせ帰ろうとした。その時!

「ヤレヤレ、[器]ガワルカッタカ。ナントカシテ、アノショウジョヲテニイレナケレバ!」


小規模な爆発が起きて僕たちは吹っ飛んだ。僕は橘あかりを庇うようにして受け止めたが、彼女はもう気絶してしまっている。爆発の方を見ると怪物がいた。触手の沢山生えた粘液の垂れた大きな化け物だ。本能がやばいと告げている。逃げねば、逃げねば。でも橘あかりはどうする?彼女を背負って逃げるのは現実的じゃない。じゃあ置いていくのか?それは僕のポリシーに反する行為だ

触手が僕に向かって振り下ろされる。僕は橘を背負って何とか避けることができたけれども、地面には亀裂が入り、抉れてしまっている。一度でも直撃したら死んでしまうだろう。僕は一層周りを警戒した。が、今度は死角から触手に薙ぎ払われて飛ばされた。僕は橘あかりを傷つけないようにうつぶせに倒れた。唇からドロドロの血が溢れ出た。


ー僕と橘あかりが助かるには戦うしかない…


僕は橘を地面に置くと、さっき捨てた鉄パイプを拾った。倒れた彼女を庇うように僕は構える。

「来い。」

怪物は大きく触手を振りかぶり、上から叩きつるのにあわせて、僕は腕を力いっぱいに振り切って遠心力を最大限に使いながら鉄パイプを当てた。


鈍い音が鳴った。それは鉄パイプの曲がった音なのか、僕が叩きつけられた音なのかよくわからない。僕は地面に倒れていた。鉄パイプはもう取りに行けないくらい遠くに飛ばされ、曲がりくねったただの鉄屑になってしまっている。あぁ、僕は負けたのだ。とおもった。血の鉄の味がほのかに苦い。怪物は気絶した少女に近づこうとしている。やめろ…彼女に近づくな…。僕が目を閉じかけたその時だった。

大きな爆発音と共に怪物が突然大きく吹っ飛ばされ、砂煙が舞った。僕は何が起こったのか全くわからず、しばらく呆然としていた。


砂煙が晴れるとそこには、1人の少女がいた。金色に染まった長い髪に白い肌、豊満な胸とは対照的な細い腕、には一丁の銃が握られている。おそらくさっきの音はこの銃から出たものだろう。

「ナニガオコッタ…マサカキサマ、セイジョカ!!」

少女は怪物の問いに対して何も答えなかったが、これが答えだと言わんばかりに少女の方へ向かってくる触手を次々と、銃で撃ち落とした。彼女が触手を破壊するにつれて怪物は攻撃手数がどんどん少なくなり、そのたびに彼女の攻撃は勢いを増していった。

銃口が怪物の本体に向けられると彼女はやっと固い口を開いた。

「最期に名前を教えてあげる。私の名前はね、“クロエ”って言うの。」

“クロエ”がそう言うと、彼女の手に握られた銃身が金色に輝き出したのに気づいた。おそらく本気の攻撃を当てようとしている…。怪物もそのことに気づいたのか慌てたように残り少ない触手で本体を囲むように守った。しかし、全て無駄なことだった。銃口に集められた銃口の金色の光は、いざ放出されると風を巻き起こし、電気を発生させ、そしてその先にあるもの全てを貫いた。触手ごと光に貫かれた怪物は萎んだ風船のように地面に倒れ、けたたましい音を出して、塵となって消えた。『神滅光』と決めゼリフのように彼女は言った。

僕は彼女に話しかけようとするが「あぁっ、うう。」と言う小さな声にならない声しか出せない。けれども彼女は僕の存在に気づいたのかゆっくりとこちらに近づいた。

「あなたね。鉄パイプで“魔獣”を倒そうしていた人は。なかなか面白い人ね。さぁ私はもう帰っちゃうから早く彼女を起こしなさい。」

ここで僕の意識は限界に達し、終に途切れてしまった。


僕が次に目を覚ましたのはおそらく朝日が目にかかったせいである。白色の天井に、朝日の差し込む東側の窓、まだ鳴ることを知らない目覚まし時計。それはいつも何回も見たことのある光景である。僕は家のベッドで目が覚めた!

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