第12話 要求

 そんな草食系衛兵こと僕が通されたのは、お屋敷一階の最奥部。

 純白に塗り上げられたシミひとつない扉を紳士が恭しい態度で押し開けると、これまた真っ白な空間の中に、漆黒の衣装を着た人物が佇んでいた。

 いや。

 便宜上人物と言ったけど、正直な第一印象は、人か? だ。

 腰の辺りまである白金の長い髪と、部屋に溶け込むような真っ白い肌。

 そして、薄い灰色の瞳。

 あまりに人間離れした造形に、思わず槍を握る手に力が入る。


「こんにちは、衛兵さん。ごめんなさいね、急に呼びつけたりして」

 

 何が起きても動けるよう警戒を強めた僕だったけど、お貴族様の声が耳に届いた瞬間相手が間違いなく人だとわかり、言葉を交わせるならなんとかなると緊張から解放された。


「ふふっ。今衛兵さんは、その分厚い金属の鎧の下でどんな表情をしているのかしら」


 とっても冷や汗かいてますよレディ。

 草しか食べない哀れな衛兵だっていうのに、お貴族様の前に一人放り出されてるんだから。

 人対人の緊張感は解けたけど、貴族対名もなき全身鎧という構図に変化はないからね。

 

「爺や、ご苦労でした」


「とんでもないことでございます。お嬢様のためなら衛兵さんの一人や二人。と思っていたのですが、この衛兵さんはことごとく爺の予想を覆してくださいました」


 こちらには、紳士の何かしらを覆した記憶はございません。

 ごくごく大人しくここまでついてきたのにヤンチャ坊主みたいな扱いは心外です。

 それよりも、そろそろ用件を教えてほしいものだ。

 貴族街の中でも一等目立つ屋敷にお住まいの綺麗なお嬢様が、僕みたいな真面目さだけが取り柄の衛兵を呼びつけて何をさせようというのか。

 もし、王都を守る衛兵としての品格に傷をつけるような依頼なら、断固として拒否させてもらおう。

 たとえ相手がお貴族様だろうと、衛兵としての誇りは何人たりとも傷つけさせない。

 こう見えても、僕はいなが言える男だ。

 何を言われても決して屈しはしないと下っ腹に力を込めてまっすぐに立つ僕に、レディが言った。


「では、あまり時間をかけても失礼ですから単刀直入に申し上げます。衛兵さん。ワタクシの恋人になりませんか?」


 

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