第8話 煮るなり焼くなり

「そこの衛兵さん」


 一日中吊るされたまま隊長格に罵倒されつつ風に揺られた翌日。

 入隊以来何度目かになる心の入れ替え作業を終え、普段以上に高い意欲を持って警邏に臨んでいると、上等そうな執事服を着た紳士が声をかけてきた。

 慌てた様子はない。

 となると、盗みや乱闘が起きたわけではないようだけど、さて。

 僕が視線を向けると、同僚が軽く頷いて一歩進み出る。

 今日の相棒は僕より少し歳上で、上司ほど突き抜けて強くはないけど、それを補って余りある優しさと穏やかさを備えた人格者だ。

 街の皆さんから話を聞くなら彼が適任なので周囲を警戒しながら控えていると、紳士がそうじゃないとばかりに首を横に振り、僕に視線を向けてくる。


「申し訳ございません。貴方ではなく、そちらの」


 え、僕?

 こんな素敵な紳士に声をかけられる心当たりがなく思わず自分を指差すと、紳士が今度は首を縦に振った。


「そう、貴方です。少しだけ時間をいただけますかな?」


 時間をって言われても今は勤務時間中なので、このお誘いに応じることなどできるわけがない。

 僕が断りを入れると、紳士がにっこりと微笑みながら言う。


「問題ございません。衛兵隊の方には、貴方を少しだけお借りすると既に連絡済みでございますので。その証拠にこちらをどうぞ」


 示されたのは、一枚の紙切れ。

 先輩とともに確認すると、そこには王都衛兵隊総隊長の印が押されており、こう書いてあった。


『王都衛兵隊所属ミハルにつき、本日月が顔を出すまで煮るなり焼くなり好きにすることを認める』


 知らないとこで売られてる!

 煮るなり焼くなりってなに!?

 よろしくない予感に思わず後ずさろうとした僕だったけど、いつの間にか背後に回り込んだ先輩がそれを許さず、無駄な抵抗をするなとばかりに強い力で鎧越しに脇腹を小突かれた。

 裏切り者!

 優しさはどこにいったんですか先輩!!

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