第九話

 結果としてちがやが言っていた通り大手門にはかやが居た。なんなら榧は待ってました、と言わんばかりに私は見つけると妖艶に目尻を下げるとゆらゆらと手を振ってくれている。

 それから私ときささげと榧は榧の仕事を手伝うと言う目的の為に共に足を動かした訳なのだけれど――


 私の両手には今しがた檟が買ってくれた屋台の食べ物が握られていた。串のような物に肉と野菜が刺さっている品物だった。

 ついつい良い匂いに釣られて凝視してしまっていたからだろうか。

 強請るみたいな事をしてしまってはしたなかったなと思いつつも、目の前の誘惑に耐えきれなかった私は檟がかぶりついている様子を真似て串に刺されている肉に噛り付いた。


「美味しい!」

「ほーかほーか。お嬢、頬にタレがついてんで」

「えっ、え! どこ? こっち?」

「逆や逆。しゃーないから僕が取ったろうな」


 私を覗き込むようにしゃがんだ檟の少しカサついた大きな親指が私の口の端を優しく拭っている。


「ありがと! あ、ねえキササゲあれはなに?」

「ああ、あれは――」


 視界に入った見たこともない物を檟に質問すれば檟は甲斐甲斐しく答えてくれる。

 しばらく檟に質問攻めをしてしまって歩みが止まってしまっていたのだろう。

 呆れたような顔をした榧が頬に手を当てて私たちを呼びに来たのだ。


「貴方たち相変わらず仲良しさんねえ。でも、逸れないように付いてきてちょうだいな」

「ご、ごめんカヤ……誘惑に勝てなくて……!」


 榧は私の手に握られている串に刺された食べ物を見て困ったような者を見るような微笑ましい者を見るようなそんな表情をしていた。


「お嬢せっかく都に来たのだから食べ物だけで終わらせるのは勿体ないわ。ぜひお勧めの場所を案内させてほしいの。よろしくて?」

「あ、え? で、でも結界の様子を見るんじゃないの?」


 私は戸惑いながら伺うように榧を見つめる。

 榧は私の視線を受けると思い出したように、ああと声を出しにっこりと笑った。


「ふふふ。安心なさってお嬢。これも御仕事のうちなのよ」

「そうなのね……うん、じゃあカヤのおススメの場所行ってみたいなあ」

 

 榧の言葉に安心した私は榧の提案に乗ることにした。

 榧は妖艶なしぐさで白くてほっそりした美しい手を私にさし伸ばしてくれた。

 

「うふふ、じゃあ逸れないようにお手々を繋ぎましょうね」


 榧の手がまるで這い回る蛇のような動きで私の右手を絡めとる。

 なんだか榧のその力加減がくすぐったくて冷たい榧の手を強く握り返すことでごまかした。榧の手はひんやりして心地よくすべすべだった。

 

「じゃあ僕もお嬢とお手々つーなご」


 檟は私の左手から串焼きを奪うと無遠慮に、しかしふんわりと私の左手を包み込むように握った。榧とは違い檟の大きな手は暖かかった。

 

「遠慮しないさいよキササゲ! 空気読めない男はダメねほんと!」

「空気い? なんやそれ旨いんか?」

「ああ言えばこう言う! あんたって男は……!」


 榧も檟も背が高いので私を挟んでやいのやいの言い合っている。

 この二人は一見仲が悪そうに見えるけれど喧嘩するほど仲がいいみたいな関係性だ。

 私はそんな二人を、檟が器用に私の口元まで持ってきてくれる串焼きを食べ終わるまでボーと見ていた。

 それからしばらく食べ終わってからも、いつか終わるかな、と思っていたけれど一向に二人の言い合いが終わらないので榧と檟と繋いでいる手にぎゅっ力を込めて言い合いを終わらせようと私は試みてみた。


「ねえ、そろそろ違うところ行かない?」

「あっ、ごめんなさいねお嬢。この無神経な狐は無視していきましょうね」

「腹黒蛇には言われたかないわ。なーお嬢?」

「二人とも! こんな道のど真ん中でいい加減ご迷惑よ! 全くもう世話が焼けるんだから!」


 尚も言い合いを続けそうな二人を強制的に引っ張って私はすたすたと歩き出すのだった。

 都の大通りは人通りが凄く目のやり場に困るくらいだった。

 客引きの声に人々の笑う声や楽しそうな声。

 普段経験しない体験に少し委縮してしまうけれど、左右に檟と榧がいてくれるから何だか勇気づけられる心地だった。

 それから私たちは空が橙色になるころまでめいっぱいに都を満喫するのだった。

 榧のおすすめの店にも行けたし、檟のおすすめの店も知れた。私は今日のこの楽しい日を忘れる事はないのだろう。


 

 それから都から城に帰った私は今日一日の事を思い出しては物思いに耽ってしまっていた。

 湯あみをしている時も、そして夕餉の時間である今現在に至っても夢うつつの状態から抜け出せなかった。

 あのえんじゅが治めている常世とこよならばいずれ私が城を出ていかなければ行けなくなったとしても一人で生きていけるかもしれない。

 明日はさいかちの元に行って仕事を手伝うのはどうだろうか。

 仕事と言えば、今日は結局都を観光して終わってしまった気がする。榧の仕事の邪魔をしてしまった上に、榧に気を使わせてしまったのかもしれない。私は不甲斐なさで眉間に皺が寄った。

 そんなしわしわの私の眉間を揉み解すように指でなぞるのは、微笑を浮かべ上から私を覗き込む槐だった。

 私は槐の膝の上に横抱の体勢で乗せられているので見上げるように槐を見る。


「どうした、私の可愛い小鴉はどうも気もそぞろなようだね?」

「あのね、今日ね……カヤのお仕事を手伝いに行ったはずだったんだけど都を観光して終わっちゃったから不甲斐なくて。カヤのお仕事の邪魔をしちゃたのかなって」

「ふうん。都の観光は楽しかった?」

「え、と……楽しかった、です」


 何となく決まづくて両の手の指をもじもじと遊ばせながら槐から視線を外してしまう。


「ならば何も気負うことはない」

「でも……」

「今日は紬の好きな茄子の煮びたしだよ。冷めてしまう前に食べなさい」


 槐は箸で摘まれている茄子の煮びたしを甲斐甲斐しく私の口に運んだ。

 私は、ぱくりと習慣みたいなものでそれを口に含んだ。煮汁をめいっぱいに蓄えた茄子が口の中でじゅわりと煮汁と共に解けていく。

 槐のまるで真綿で包み込むような優しさに流されて、今日も私はそれを手放せないでいる。

 この時間が終われば、薊さんと共に過ごすのだろう。

 5尺、いや1尺だけでもいい。槐の事を少しだけでも長く私の元に引き留められたらいいのに。

 すり、と槐の胸に縋りつくように頭を預けてしまう。

 けれど、こんな悍ましい事をほんの少しでも思ってしまう私はやはり、世界中のどんな生き物より醜悪で醜い生き物なのだろう。

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