底辺の俺 大人気の彼女に惚れられる (リメイク版)

猫之丞

第1話 溺れてる人を助けました。

俺の名前は丹羽圭介にわけいすけ


​どこにでもいる、ごくごく普通のサラリーマンだ。


年齢は25歳。 独り身で、恋愛とは全く縁がない。


分かりやすく言えば、「彼女いない歴=年齢」という、もう笑うしかない肩書きを持つ、冴えない男だ。


​勤めているのは、ごく平均的な会社。残業は月に平均30時間ほど。 年収は350万円前後。派手さとは無縁だが、まあ、生きていくには困らない。


​そんな平凡な俺の数少ない趣味の一つが、釣りだ。


特に潮風を感じる海釣りが好きで、今日は待ちに待った休日。 早朝から愛用のタックル(釣り道具)を積み込み、近くの海にある防波堤へと繰り出していた。


​俺の愛車は、軽自動車だ。 確かにちょっと見栄えはしないが、燃費はすこぶる良い。 この経済的な相棒を防波堤近くの、地元では有名な釣り人の溜まり場となっている空き地に停め、さっそく防波堤の先端から投げ釣りを楽しんでいた。


​「よし、まずまずだな」


​海面を見つめ、そっと呟く。釣果は上々。中型クラスの魚が入れ食いとまではいかなくとも、十分なペースでかかっている。 久々に満足いく休日になる予感に、気分は高揚していた。


​しかし、それを打ち消すかのように、空から降り注ぐ太陽が異常なほどに容赦ない。


​暑い。


​それもそのはず、今は一年で最も太陽が猛威を振るう夏真っ盛り。 真昼の熱気がアスファルトやコンクリートに反射し、まるでサウナの中にいるようだ。


​「……こんな日に限って、なんでライフジャケット着てんだろな、俺」


​規則だから仕方ないとはいえ、この重さと熱さは本当に勘弁してほしい。 海に落ちたところで、この熱さならすぐに茹だってしまいそうだ。


そんな現実逃避のようなことを考えながら、俺はふと、防波堤から少し距離を置いた場所にある砂浜に目をやった。


​その砂浜は、きれいに整備された海水浴場になっており、家族連れや若者でごった返していた。 色とりどりのパラソルが立ち並び、楽しそうな歓声が潮風に乗ってここまで届いてくる。


「魚が釣れてなかったら、今頃俺もあそこで泳いでるんだろうな……」


​少しだけ、羨ましい気持ちになった。 涼しげな水着の男女。冷たい飲み物。もし釣果がゼロだったら、とっくに諦めてあちら側で休日を満喫していただろう。


​だが、その平和な光景が一変した。


​「……ん?」


​遠くから届くはずの歓声が、突如として騒がしさに変わった。


ざわめき。皆がワーワー、キャーキャーと声を上げている。 海水浴客が一斉に、砂浜の沖の方を指差しているのが見えた。


​まさか、サメか?  それとも何か事件でもあったのか?


不審に思い、俺はその指差す方向を凝視した。


​次の瞬間、俺はギョッとして、心臓が跳ね上がった。


​砂浜から百メートルと離れていない沖合で、たしかに誰かが溺れている姿が見えたからだ。 水面に顔をつけたり上げたり、必死にもがいている。


​「おいおい、嘘だろ……!」


​驚きよりも先に、憤りのような感情が湧き上がった。


​何で誰も助けに行こうとしていないんだ!?


​砂浜にはあれだけの人がいる。ライフセーバーはいなかったのか?


​砂浜の方を見ると、一部の客がスマホを耳に押し当て、慌てた様子で電話をしている姿が見えた。


「電話より早く救助に行きなさいよ! 目の前で人が死にそうなんだぞ!」


​苛立ちに言葉が荒くなる。 緊急通報は大事だが、一刻を争う状況だ。人命がかかっている。


​もう一度沖を見る。 溺れている人は、もはや水面に顔を上げるのも困難な様子だった。


​ヤバい! 力尽きそうになっているじゃないか!


​もし、このまま誰も動かなければ、確実に命を落とすだろう。


​考えるよりも早く、俺の身体は動いていた。


​その瞬間、俺は防波堤から、真夏の海へとダイブしていた。


​バッシャーン!!


​冷たい海水が一気に全身を包み込み、猛烈な暑さが嘘のように消え去る。


​海に飛び込んだ俺は、全力で溺れている人がいる場所を目指して泳ぎ始めた。


​冷静になって考えると、俺がいた防波堤からの方が、砂浜から泳ぎ出すよりも距離が近かった。 この判断が、数秒の猶予を生み出したかもしれない。


​(それにしても……なんで砂浜から遠い場所で泳いでいたんだろうな、この人は?)


​そんな疑問が一瞬頭をよぎったが、今は人命救助が最優先だ。


​日頃の海釣りの経験と体力のおかげか、全力で腕を掻いたことで、すぐに溺れている人の場所に到着することができた。


​「大丈夫ですか!?」


​声をかける間もなく、相手は完全に意識を失いかけているようだった。


​俺はすぐに溺れている人の背後に回り込み、そのまま、腰の下からしっかりと抱えこんだ。


​フニャッ!


​その人を抱えこんだ瞬間、俺の両手に、予想だにしなかった極めて柔らかい感触が広がった。


​「……っ!?」


​こ、これは! 女性だ! しかも、その感触から察するに、驚くほどおっぱいがデカイ!


​(いやいや、待て待て丹羽圭介! 今、お前はそんなこと考えている場合か!?)


不届きな雑念を一瞬で振り払い、自分の頬を海水の中で張るような気持ちで活を入れる。


​先ずは人命救助が先だろうが!


​無意識に湧き出た下心に猛省しつつ、気を失いかけている女性を抱えたまま、俺は残りの力を振り絞って砂浜まで必死に泳いだ。


​荒い呼吸を繰り返しながら、なんとか砂浜の浅瀬までたどり着くことができた。


​女性を抱き上げ、急いで安全な砂浜の上にあげる。


​すると、それまで遠巻きに見ていた大勢の海水浴客が一斉に駆け寄ってきた。


​「大丈夫ですか!?」


「あんたスゲーな!」


「ど、どうしたらいいですか……」


​口々に言われる言葉は、どれも的外れで役に立たないものばかりだった。


​(『大丈夫ですか』じゃねーだろが! 『凄い』って言う前にお前が助けに行きやがれ!)


​周りの無責任な反応に苛立ちを覚えつつ、俺は誰よりも冷静にならなければならないと自分に言い聞かせた。


​「誰か救急車呼んで下さい!! 一刻も早く!」


​俺がそう叫ぶと、ようやく周りの一部の人間が我に返り、慌ててスマホから119番通報をしだした。


​ふと、砂浜に横たわる溺れた女性の顔を見た。


​……何かがおかしい。


顔面は血の気が引いたように蒼白だ。 それに、胸のふくらみが無い。(いやらしい意味ではなく、呼吸による胸郭の動きが全く見られないという意味でだ!)


​息をしていないじゃないか!


​俺はすぐに状況を理解し、一秒も無駄にできないことを悟った。


​女性の頭を後方に傾けて、気道を確保する。


​「ごめんなさい!」


​俺はためらうことなく、唇を重ねて人工呼吸を開始した。 そして、同時に心臓マッサージ!


本来人工呼吸で唇を重ねる行為は感染症を引き起こすリスクがある。 人工呼吸の際は呼吸用マスク、無ければハンカチとか何か清潔な布のようなものを被せてその上から人工呼吸を行うのが鉄則。 そういったものがない場合は人工呼吸は行わず、胸骨圧迫のみ行うのがCPRのルールなのだが、そんな事を言っていたらこの人が死んでしまう可能性があると俺は判断したのでそんなルールは無視して人工呼吸を実行した。


​胸骨圧迫を数十回。そして人工呼吸を繰り返す。 心臓マッサージの際に感じる、予想以上に細い肋骨の感触に、早く助かってくれと強く念じる。


それを数回繰り返した、その時だった。


​「ゲホッ、ゲホッ!」


​女性は突然、口から大量の海水を吐き出し、盛大にむせこんだ。


​「……良かった!」


​その激しい咳き込みは、息を吹き返した証拠だった。 全身の力が抜け、安堵が身体中に広がる。


​それから間もなくして、けたたましいサイレンの音と共に救急車が現場に到着した。


​女性は救急隊員によってすぐに担架に乗せられ、病院へと搬送されていく。


案の定、救急隊員に人工呼吸について厳重注意を受けた。 だって仕方ないじゃん! 必死だったんだからさ!


​その際、一人の女性が血相を変えて俺に駆け寄ってきた。溺れた女性の友人らしき人物だった。


​「本当に、本当にありがとうございました!すみませんでした! 私、気が動転してしまって、体が全く動けなくて……! 本当に、あの娘を助けていただいて、ありがとうございました!」


​その女性は、何度も何度も深々と頭を下げてきた。

​「いえ、無事に助けられて良かったです。 それより……あっ!」


​俺は、ハッと気づいた。


​「ど、どうしましたか?」


​「俺のクーラーボックスとロッド(釣り竿)! 防波堤に置きっぱなしだ! 取りに行かないと!」


​俺の頭の中は、今助けた女性よりも、置き去りにしてきた高価な釣り道具のことでいっぱいになっていた。


​「じゃあ俺、急いでますので失礼します!」


​「ち、ちょっと待って下さい!!」


​友人の女性に呼び止められたが、そんなことに構っている余裕はない。 あのクーラーボックスもロッドも、決して安くはなかったんだ。 失くしてたまるか!


​俺の頭の中は、釣り具への執着で満たされていた。


制止を無視し、濡れた身体のまま、防波堤まで全力でダッシュで戻った。


​結果……クーラーボックスとロッドは無事、防波堤の上に置き去りにされていた。


​しかし、喜びも束の間、蓋を開けたクーラーボックスの中身を見て、俺は愕然とする。


​釣った魚は、賢い野良猫に全部持っていかれていた。


​「……とほほ」


​膝から崩れ落ちそうになった。 命を救った代償がこれか。


​今晩のおかずが……。


​意気消沈した状態で、俺は磯の匂いが染み込んだ服のまま愛車に乗り込み、住んでいるアパートへと向かって走り出した。


​帰りの車内が、磯臭さと海水の塩気で充満していたのは言うまでもないだろう。






​その出来事から数週間後の金曜日。


​俺は仕事が終わり、同僚の赤坂晃あかさかあきらと一緒に、いつもの居酒屋へ飲みに来ていた。


​「明日は休みだし、気持ち良く飲めるぜ!」


​心の中でガッツポーズを取りながら、俺はお気に入りのブドウ酎ハイを一口。 そして、若鶏の唐揚げを頬張る。


向かいに座る同僚の赤坂は、生ビールとタコわさびで一人、グラスを傾けている。


​飲み始めてから三十分ほど経った頃だろうか。


​居酒屋のカウンター席の上にあるテレビに、赤坂が突然釘付けになった。 どうやら彼のお気に入りのテレビ番組が始まったらしい。


​ちなみに俺は普段からテレビをあまり見ない。 どうも面白い番組が少ない気がするからだ。


​テレビから、透き通った女性歌手の歌声が居酒屋内に響き渡る。


​「なぁ、丹羽。 この娘、滅茶苦茶可愛くないか? 俺の今一番の推しなんだよな」


​赤坂が興奮気味にテレビを指差して力説してくる。


​「や、俺にはちょっと分からん。そもそもこの娘の名前すら知らねえし。 どのアイドル見ても一緒に見えるんだよな。 や、まあ、確かに可愛いな、この娘」


​そう言って、俺は四杯目となるブドウ酎ハイを一口飲む。 やっぱりここのブドウ酎ハイは甘くて旨い。


​「つまんねー奴だな、丹羽は。 俺、この娘……由井刹那ゆいせつなちゃんと、もし付き合えるなら、後は何も要らないけどなあ」


​赤坂は夢見るような目でテレビを見つめている。


​「赤坂……現実は厳しいぞ」


​「分かってるよ!! 夢くらい見てもいいだろ!!」


​「確かに夢を見るのは勝手だな。 いいことだ」


​赤坂は不貞腐れた様子で、五杯目となる生ビールを一気に飲み干した。


​やがて歌のコーナーが終わり、由井刹那ちゃん?への質問コーナーに移った。


​『刹那ちゃん、今すごく人気が出てきてますね〜。今や飛ぶ鳥を落とす勢いじゃないですか〜』


​『そんなことないですよ。私なんてまだまだです』


​『またまた〜ご謙遜を。 今じゃ刹那ちゃんの名前を知らない人はいないくらいですよ〜』


​(……すみません。俺は知りませんでした)


​心の中でそっと謝る。


​『じゃあ質問タイムにいきますね♪  刹那ちゃんは今おいくつですか?』


​『今年の五月で20歳になりました』


『おおっ! 新成人ですね! おめでとうございます!』


​『ありがとうございます』


​『次の質問にうつりますね。 芸能活動は何年目になりますか?』


​『今年で四年になります』


​ほう……そうすると、十七歳の時にデビューしたのか。 若いな。


​そうして仕事やプライベートに関する色々な質問が続き、いよいよ最後の質問となった。


​『では最後の質問になります。これはファンが一番聞きたい質問だと思います。……刹那ちゃんは今、好きな人はいますか?』


………何だこの番組? 普通アイドルに “ 好きな人はいますか? なんて聞かないだろう? 一般常識は無いのかこの司会者は?  セクハラで訴えられるぞ?


​静まり返るスタジオ。


​由井刹那は少し間を置いて、テレビ画面越しに、まっすぐな瞳で答えた。


​『……今までは、いませんでした。でも、数週間前に、私の命を救ってくれた人がいるんです。私、その人のことが好きです。……愛しています』


……この娘もよく答えたな? しかも全国放送で。


​スタジオ内が、まるで蜂の巣をつついたようにザワザワと騒然となった。


​もちろん、居酒屋内の客たちも大いにざわめく。


​そして、その中で一番ショックを受けていたのは、隣にいる同僚の赤坂だった。


​「……マジかよ……。 刹那ちゃんに好きな人がいるなんて……。 しかも『愛してる』だなんて……マジ凹む……」


​赤坂は顔面蒼白になり、生ビールを置いた。


​「……な、言ったろ? 現実は厳しいって」


​「ああ……痛感したよ」


​カウンターテーブルに突っ伏して凹む赤坂。 どう慰めていいのか分からず、俺はそっとブドウ酎ハイを飲むしかなかった。


​『そ、その人の名前は?』


​『分からないんです』


​『分からない?』


​『はい。だって……その人は名前も告げずに、その場から立ち去っていったらしいんです』


​『らしい?』


​『はい。その時、私は意識が朦朧としていましたし、すぐに病院へ運ばれてしまいましたから。……その人のことは、私の友人に聞いたんです。名前も告げずに立ち去ったって。 そして、友人が教えてくれたんです。 すごくイケメンだったって……//////』


​刹那ちゃんは、少し顔を赤らめて続ける。


​『や、べ、別にイケメンだから好きになった訳じゃないですよ?  一番の決め手は、損得勘定無しで、私のことを助けてくれたことです。 それが、物凄く嬉しかったんです。 私……その人に是非、御会いしたいんです』


へーっ。


​今頃、珍しいケースだな。 あんなに可愛い人気アイドルを助けたら、助けたついでにお近づきになりたいと考える男ばっかりだと思うけどな。


​ま、俺みたいなモブには関係ない話だけど。


​その後、刹那ちゃんへの質問コーナーは終了し、別のアーティストの曲がテレビから流れ始めた。


​俺は廃人化した赤坂を良い肴にしながら、静かにブドウ酎ハイを楽しんだ。


​しかし、なんだか他人事とは思えない話だったな。


​――名前を告げずに立ち去った命の恩人……。


​ふと、あの夏の暑い日の出来事が、脳裏にちらついた。


​ま、俺みたいな冴えないサラリーマンには、縁のない話だ。 そう自分に言い聞かせた。





リメイク版です!! 若干文章を変えてみたり、長くしたりしてみました。  気に入って貰えたら嬉しいですね♪


良かったら コメント レビュー ♡ ☆評価を下さいな♪


今後とも拙作を宜しくお願い致します。

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