第7話 君は違う彼女と

 休憩中に棚町さんと話をすることが増えた。

 オススメしてくれたゲームを一つ、ボクがプレイし始めたのがキッカケだ。

 彼女曰く、古き良き落ちモノゲーということで、慣れていないボクにも遊びやすくて、楽しかった。


 棚町さんほど夜通し遊んだりはしないけど、暇な時や眠れない時にやれることが増えたっていうのはボク的に結構大きくて、フレンド登録した彼女とは時々対戦もやっている。


「さっすが進学校行ってただけあって、頭の回転早いよなぁサクは」

「それでも棚町さんが本気出したら圧倒されるよ。凄い速さで落としていくんだもん」


 いつの間にかボクへの呼び方は苗字から名前に変わっていた。

 最初はこそばゆかったけど、サボり仲間同士、気安さは心地が良い。


 ボクは……相変わらず名字で呼んでいたけど。


「こういうのは思考の型があるんだよ。慣れるとぱっぱと判断して、落としてからのズラし時間でどうとでもなる」

「数学の公式みたいなのか……どういうのがあるの?」

「サクに教えたら勝てなくなりそうだから内緒。というか、暇持て余してるなら自分で探すのもゲームの内だよ。私も最初は自分で考えたし」


 なるほど。

 そう考えるとゲームってよくできた学習装置だよね。

 限定された状況で解を導き出すのに、自分なりの方法であれこれ考えて、当て嵌めていくんだ。

 やっていることは数学者や科学者なんかと変わらない。


 成績は悪いって言ってたけど、棚町さんって結構頭良いんじゃないかな。


「なあサク」

「うん?」


 そうして、一緒にスマホでゲームをやりながら、ふと意識が外れて教室内を見た。


 ぁ……、と。


 目が合った夢園さんが、何かを言いたそうにしていたけど、友達から話し掛けられてそっちに向いちゃった。

 なんだろう、なんて考えるのは流石に失礼だよね。


 こないだの先生にバレた日、同じ仮眠室で眠っていた筈のボクが棚町さんにすり替わっていたんだから。


 一応説明はしたんだけど、夢園さんは納得したような、していないような、曖昧な顔で頷くだけだった。

 ……気まずい。

 確かに自分を心配して、あれこれ面倒を見てくれた人へ、ボクは背くようなことをしてしまったんだから。


 ただ、棚町さんと一緒にゲームをしていると、頑張って眠ろうとしなくていいんだって思えて、気楽なのも確かなんだ。

 不眠症は相変わらずで、上手く眠れずにいたけれど。


「おっ、レアアイテムげっとぉ! ほらほらっ」


 楽しそうに報告してくる棚町さんのスマホを覗き込みながら、チラリと夢園さんを見たら、また彼女と目が合った。


    ※   ※   ※


 そして昼休み明け、ボクは追い詰められていた。


「ま、待って、落ち着いて、夢園さん……」

「わたしは、かんがえました」


 ボクらは相変わらず仮眠室を利用していた。

 元々慣れる為に纏めて長期間予約していたから、今週末までは問題無く使えるようになっている。

 だから、いつものようにやってきて、一応は眠ろうと頑張ってみて、駄目だったら外階段に居る棚町さんのところへ行って時間を潰そうと思ってたんだけど。


「さくさくくんがねむれないのは、しかたないです。だけど、ねようとしてないのは、いけません」

「……はい」


 言われた通りだけど、やっぱりちょっと待って欲しい。

 だって今、ボクは同じベッドの上で夢園さんに追い詰められているんだから。

 眠そうな顔で、瞼なんて半分くらい落ちているのに、彼女は懸命に意識を繋いでボクを壁際へ追い込んでくる。


 そんな彼女が手を伸ばしてきて、ボクの目元へ触れた。


「また隈、こくなってるよ」

「……はい」


 今週はずっと、棚町さんと遊んで午睡ごすいの授業をサボっていたから。

 家でだって、同じように眠れていない。


 眠らなくて良いっていう気楽さに甘えて、ボクは彼女のくれた安眠の時間をないがしろにしてきた。

 それは、本当に申し訳ない。


「ねます」

「……はい」


 ぱたりと横になった彼女が自分の枕をベッドに置く。

 それから、ボクの袖を引っ張った。


「いや、それはよくないと思う」

「ねますーっ」


 駄目だ、頬を膨らませてムキになっちゃってる。

 足をぱたぱたさせて、やってる様は本当に幼いけれど、彼女の真剣さは知っている。


「ねないと、もっとつらくなるよ。ちょっとだけでもいいから、がんばろう? ね?」

「……でも、どうしても寝付けなくて」

「うん……ごめんね」


 謝る夢園さんに、袖を引っ張られたままボクは首を振った。

 謝るべきはボクなのに、頑張る彼女へそれを言わせてしまったのが申し訳ない。


 夢園さんも一度俯いて、それからもう一度ボクを見る。


「どうしたらいいのかなって、かんがえたんだけど、ねむれないのがわからなくて」

「うん」

「わたし、すぐねちゃうから。よるも、おやすみのひも、すぐねむくなる」

「うん。駄目なのはボクの方だから……」

「なので、もっともっとかんがえました」


 袖を引っ張る腕が昇ってくる。

 ボクよりも少し小さな女の子の手が、掛けたままだった眼鏡のつるを摘まむ。


「できるだけ、さいげんする。ちゃんとねむれた、さくさくくんのこと、おもいだして」


 あぁ、本当に。

 彼女はボクのことをよく見てくれていたんだろう。


 眠れた日と、眠れなかった日、その違いについてボクも考えは付いていた。

 それなりに自覚のあったことだ。

 だけど、それだけが全てじゃなかったし、まずクラスメイトの女の子にソレをしてくれって頼むのはとても恥ずかしかった。


「めがねをはずしたとき、さくさくくんは、やさしい目に、なります」


 顔の左右をやんわりと圧迫する眼鏡の感覚が抜けた。

 夢園さんに外された眼鏡の、レンズの向こうで、彼女がやんわりと微笑む。


 眠そうだけど、満足そうに。


「でも、はずしててもねれないときがあるから、どうしてかなって」


 うん。

 それはね。


「多分ボクが、自分で外すんじゃなくて、誰かに外してもらうことで、安心できるからだと思う」


 パブロフの犬。

 ボクはずっと、母に、父に、もういいよって、休むことを認めて欲しかったんだと思う。

 だから、幼い頃の記憶に縋って、身体にセーブを掛けた。


 あとすこし、もうすこし、頑張れば、きっと認めてくれるから。


 いつしかそれが延々と続くようになって。


 結局見限られて、何もかも失ってしまったけれど。


「そっかぁ……」


 夢園さんが満足そうに微笑む。

 ボクの眼鏡を胸元で抱き締めて、改めて袖を引く。


「サクくんは、頑張ってるよ。すっごく、頑張ってきたよ。だから、今はちょっとだけお休みしましょう」


 導かれる。

 抵抗できない。

 したくない。


 外階段への扉が開いた音を聞いたけど、その意味を考えることもできなくて。


「たっぷり眠って、元気になったら」


 枕へ顔を埋めたボクに、夢園さんは手を伸ばして髪をくしゃりとする。

 猛烈に眠気へ引き摺り込まれる。

 心地良い。

 安心する。


「わたしとも、いっしょにあそんでね」


 最後に聞こえた言葉へ、ボクはなんと返したんだろう。

 もう一度、外階段への扉が開いた音を聞いて、ボクの意識は微睡みの中へと沈んでいった。





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