何度タイムリープしても君は救えるけど宝くじが当たらない
九束
第1話
ショッピングモールの建物に隠れるように夕日。
それに合わせるように地面に伸びる俺とあかりの影も、さっきまで隣り合っていたのに少しずつ離れていくみたいで、なんとなく名残惜しい。
先週思いが通じ合い、恋人同士になってからの初めてのデートは今年二番目の思い出になるだろう。
いや、もしかしたら人生で二番目に良い日かもしれない。そんなことを思ってしまうくらい、俺は終始楽しんでいたし、あかりもずっと笑顔だった。
ちなみに一番はもちろん告白の日。
「悠斗、また今日みたいなカフェ行こうね。あそこのシフォンケーキ、ふわふわでびっくりした」
「うん。映画も最高だったね、恋愛映画なんて見たことなかったけど、はまっちゃったよ。また行こう」
「そうだね、今から楽しみだなぁ」
そう笑いながら、あかりは軽く風になびいた髪を耳にかけた。
その仕草ひとつで、俺の心臓は簡単に飛び跳ねる。
何回見ても慣れない。むしろ破壊力が増している気がする。
恋人になったのは先週だけど、それまで俺たちは少しずつ想いを積み上げてきた。
二人で出かけたのも数回程度ではない。なのに「恋人」という状態だとなんでこんなにも気分が変わるのだろうか。
さっきまで話していたたわいのない会話――ゲームの新作がどうとか、あかりがはまっている小説だとか、大学のレポートが面倒だとか――そんな話でさえ、前よりもずっと楽しい。
ふたりで同じシフォンケーキを食べながら、
「ねえ、これ一口ちょうだい」
「あ、いいよ。……あ、俺のも食べる?」
「わーいそれも気になってたの!」
なんてやり取りがあって、
あかりが口を開けてあーんを要求したときなど、悶えそうになるのを堪えるのに苦労した。
(……俺の彼女マジ天使!)
心の中で何度も転げまわった。
手を繋ごうかどうか迷って、半歩後ろを歩くあかりがちらちらと俺の手元を見ていたのも気づいていた。
けど俺のほうが緊張して、全然繋げず。
そうしたらあかりの方から指を一本だけ絡めてくれ、自然に恋人つなぎに。
(あれはやっぱり男らしく俺の方から行くべきだったな……)
そんな反省会を頭の中でしつつ、帰り道に差し掛かる。
ショッピングモールのエスカレーターを降りていくとき、あかりが俺の袖をそっとつまんだ。
きっと、名残惜しかったのだろう。
「ねぇ、今日……すっごく楽しかったね」
「うん。めっちゃ楽しかった」
「ふふ、よかった」
あかりはちょっとだけ俯き、でも横目で俺の表情を確認するように笑った。
(……本当に永遠に続けばいいのにな)
つい、そんなことを思ってしまう。
駅の南口へ着いたところで、あかりが足を止めて振り返る。
「じゃあ……また明日ね」
少しだけ名残惜しそうに、でも嬉しそうに。
あかりの声のトーンが、デート終わりの切なさを帯びていた。
「うん。また明日」
そこにはたった一言以上の意味を込めたつもりだった。
あかりも何かを聞き取ったように頬を染めた。
軽く手を振ると、あかりは横断歩道のほうへ小走りに駆けていった。
この駅は私鉄とJRが乗り入れする駅で俺はJRであかりは私鉄。南口と北口があるのは一緒なのだがなぜか改札は歩道を挟んた所にある。
(改札が一緒で乗り入れしてくれてればもう少しだけ一緒に入れたのに)
そんな意味のない恨み言を心の中でつぶやきながらあかりの後ろ姿を眺める。
その姿を眺めているだけで、胸がくすぐったくなる。
「――やっぱり恋人って最高」
そんなくさいことを小声でつぶやきながら、俺はポケットの中のスマホを何気なく取り出した。
手にはスマホ以外に小さな紙きれの感覚。
「あ、そういえば……ロトX買ってたんだっけ」
昨日、なんとなく買ったロトXの当選番号をサイトで確認する。
ロトXは50個の数字から6個を組み合わせてあたりを予想する選択式宝くじだ。
火曜日と木曜日が締切で、当選数字の発表が、翌日17時。
今はちょうど17時。発表が済んだタイミングだ。
手元の宝くじの番号は2.6.8.23.36.43
当選番号は4.5.10.22.28.41(42)
――見事にかすってもいなかった。
「まあ、そんなもんだよなぁ」
期待していたわけでもない。
宝くじなんて夢を妄想するためのチケットだ。
当たったらこんなものを買っちゃおうかな? いや大金で身を滅ぼさないように全部オルカンに……。
そんな意味のない楽しい妄想をするための妄想代。
外れたからってどうということはない。
今日のデートの幸福感のほうがよほど大事だった。
そう思って、スマホから目を上げた瞬間――
轟音。
金属がひしゃげるような音と少し遅れて複数の悲鳴。
それはまるで誰かがスピーカーの音量を急に最大にしたみたいな……。
視界の先には、南口へ渡ろうとしていたあかりと、その先には白いワゴン車。
あかりの方で吸い込まれるように突進する。
「――あ、か……あかり?」
時間が止まったように感じた。
さっきまで笑っていたあかりの身体が宙に跳ね上がり、曲がってはいけない方向に首が曲がる。
世界から色が抜け落ちたかのように周囲の音が遠のく。
その勢いのままワゴン車は俺の立っている方向――改札口へ向かって突っ込んでくる。
足が震えて動かない。
喉が固まって声が出ない。
さっきまで温かかった幸福が、一瞬で氷点下まで落ちたような恐怖。
なんで、あかり。え、くるまこっちにむかって――
ちょっと、うそ、え?
俺はこちらに向かってくる車に何もできず、ただ目をぎゅっと閉じた。
それしかできなかった。
瞼の奥、一瞬だけあかりの笑顔が浮かんだ。
今日のデート中、何度も見せてくれたあの笑顔。
なんで、きょう――せっかく最高の一日―――
次の瞬間、世界が暗転し、すべてがふっと遠のいた。
…………………………。
………………。
……。
「――悠斗? 聞いてる?」
「……え?」
目を開けると、俺は大学の食堂にいた。
目の前には、いつも通りのあかりが座っている。
俺は反射的に椅子から立ち上がった。
「あ、あかり……? あれ?俺、なんで……」
「なんでって……明日のデートの話してる途中じゃん? え、大丈夫? 顔真っ青だよ」
怪訝な声のあかり。
一瞬前のおかしな方向に曲がった体じゃない。いつも通りのあかり。
俺は周囲を見回す。
テーブルには山菜うどん。あかりの方は大盛かつ丼。
やせ型のあかりに似つかわしくない健啖さにいつも心の中で突っ込んでいるチョイス。
昨日食べたメニューだ。
今のは……ゆめ?
スマホを見ると、俺の記憶の前日、木曜日を示している。
どういうことだろう。
俺は状況が理解できず戸惑うばかり。
夢……夢だったのか?あれは……。
そして翌日。
待ちに待ったはずの恋人になってからの初デート。
翌日のデートは、昨日と全く同じ順序になった。
強烈なデジャブに背筋が寒くなる。
そして問題の南口へ。
「悠斗、今日はありがと。また明日学校でね」
「うん……」
心ここにあらずといった俺を初デートで浮かれていると思ったのか、あかりは俺を気にせず笑顔で横断歩道へ。
ロトXの当選確認サイトを開く。
手元の宝くじの番号は4.5.10.22.28.41
当選番号は4.5.10.22.28.41(42)
「おなじだ……」
キャリーオーバー、一等6億円……。
夢じゃ、なかった!
「っ!あかり!!!!」
その瞬間、はじけるように足で地面を蹴り、恋人へ駆けようとする。
でも、あまりにも遅すぎた。
昨日と同じ轟音。
同じワゴン車。
同じ叫び声。
「あ……あああ……」
あかりはまた宙に跳ね飛ばされ――そのままワゴンは俺の方へ。
恐怖と絶望の感情が暴れた瞬間、また視界が真っ白になった。
…………………………。
………………。
……。
「――悠斗? 聞いてる?」
「……夢じゃ、なかった……」
「悠斗寝ぼけてる?さては昨日徹夜でゲームしてたなー??」
3回目の木曜日。目の前にはふくれっ面のあかり。
直後の反応は2回目とは違うがお昼のメニューは1回目と同じ、山菜うどんと大盛かつ丼。
確信した。
これは夢じゃない。俺はタイムリープをしている。
トリガーはなんだ? 死に戻り? それとも強い感情の高まりか?
それよりも明日だ。
――今度こそ救わないと。
あと――
ロトXの番号……4.5.10.22.28.41……うん、覚えてる。
ノートの端にメモを書き、宝くじ売り場でロトXを買う。
どうせタイムリープするなら、あかりを救いながら億万長者になれるかもしれない。
もちろん本命はあかりだ。あかりだけど……でもロトXも……その……。
ほら……ねえ?
そして迎えた、デート当日。
俺は警戒して、あかりを北口へ誘導することにした。
「え? 今日北口で帰るの?どうして?」
「ほら、今日のデートは楽しかったし、少しでも長く居たいから……」
「えへへ、そうなんだっ!……悠斗ちょっと上の空だったから、楽しんでいるのか不安だったの」
確かに、デート後のこととロトXのことで頭がいっぱいで今日のデートはあまり楽しめていなかった。
せっかくの恋人になってから初めてのデートだったのに悪いことをしたな。
宝くじ当たったらうんと奮発するから許してほしい。
南口より少し歩いて北口の改札につく。
「じゃあ……」
俺がまたねと言いかけたその時――
南口の方から轟音。
「え……なに?」
あかりが振り向く。
前回同様南口の改札にワゴンが突っ込んだのだろう。
「なんだろう……行ってみようか」
そういって野次馬をしに南口に向かう。
向かった先の南口では昨日と同じワゴン車が突っ込んでいた。
改札がぐちゃぐちゃになっている。
「うわ……もし今日南口で帰ってたら……危な……っ、たね……」
あかりは青ざめ、俺の腕を掴んだ。
俺は心の中でガッツポーズした。
(よしっ……! 今度こそ守れた!俺、やればできるじゃん!)
その勢いでスマホを開き、ロトXの当選番号を確認する。
手元の宝くじの番号は4.5.10.22.28.41
当選番号は4.6.10.24.25.40(42)
数字が違う。
「……は?」
心臓が一拍遅れた。
(なんで? なんで!? 昨日と同じ番号買ったのに……!?)
当たらないとわかっているものが当たらなくても何も思わないが、当たるとわかり切ってるものが外れたことに俺は動揺する。
大金が自分の手から零れ落ちたことに頭が殴られたような感覚を受けた次の瞬間。
世界が揺れた。
…………………………。
………………。
……。
「――悠斗? 聞いてる?」
「……変なのは俺じゃなくて世界だよ……!」
「なんか変なサークルにでも勧誘されてる? 大丈夫?」
心配するあかりをよそに、俺は頭を抱える。
あの後、俺は何回もタイプリープをした。
ワゴンが突っ込むのは毎回南口。つまり北口にさえ行けばあかりは死なない。
そしてロトXは4~3等だったり外れだったり。2回目のループで出ていた数字の近づいたり離れたりを繰り返している。
そのたびに俺は失望してタイムリープを繰り返していた。
もしかしてあかりが死ぬことがロトX当選のトリガー?
一瞬確かめたい衝動に駆られるがその選択肢はあり得ない。
一等が当たってもあかりがいなければ何の意味もない。
タイムリープがあるからってあかりを死なせる選択肢何て取りたくもない。
じゃあいったいどうすれば……。
おちつけ、何かが、何か法則性があるんじゃないか?
「ねえ、悠斗ってば!」
「あ、ごめんあかり……なんだっけ?」
耳元であかりに少し大きめの声を掛けられ意識が思考の中から戻ってくる。
「明日のデート、楽しみだね」
あかりの言葉に俺ははっとなった。
そういえばここ数回はデートどころじゃなかった。
そうだ、あかりの助け方はもう確立してるんだ。
久々にちゃんとデートを楽しんでみよう。
そう思って翌日のデートは初回のように楽しんだ。
そして、北口に誘導する際にふとあかりに聞いてみる。
「今日のデート楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。恋人になったから余計にかな」
そう言ってはにかむ彼女。俺は忘れていた喜びが戻ってきたように感じ、同時に後ろめたい気分にもなる。
彼女と別れていつものようにサイトを確認する。
手元の宝くじの番号は4.5.10.22.28.41
当選番号は4.5.10.22.28.42(41)
2等当選678万円。
「おしいっ!!!!!」
そう叫ぶと、いつものように意識が暗転した。
…………………………。
………………。
……。
「――悠斗? 聞いてる?」
「うん、あかりの言ってたあの映画の予告動画見たけど、めっちゃよさそうだね」
「でしょでしょ!それでね――」
あのあと繰り返すこと数回。
俺はある法則に気づいた。
――あかりのデート満足度が高いほど、初回のロトX番号に近づく。
つまりは最初のデートに近い挙動をすれば、ロトXの数字は一回目の金曜日のものに修正される。
いや、どういう理屈? この世界は恋人のデート満足度で宝くじの当落を変えるシステムなの?
文句は山ほどあるが、仕方ない。
そもそもが俺がタイムリープしてることそのものが不条理現象なのだ。
法則性が見つかっただけよしとするしかない。
もはやあかりを救い出すことはルーチンと化し、どうデート満足度を上げようかということで俺の頭はいっぱいになっている。
なんか長編ゾンビドラマの中盤以降みたいだ。
ほら、ゾンビが完全に雑魚キャラになって人間関係のあれこれがメインになるやつ。
まあゾンビ映画と違って俺にとってあかりの優先順位は最上位。
あかりを絶対助けるという目的は変わっていない。
ないけど……。
けど、それはそれとしてほら……宝くじがほぼ当たる可能性があるなら、ねえ?
そういうわけで俺は何十回もデートを繰り返し、あかりの笑顔のポイントを必死に思い出した。
初回のデートがほぼ最高ということは覚えているが、さすがに数十回も繰り返すと細部は覚えていない。
だから毎回探り探りだ。
そうしてあかりの一挙種一動作を覚えるまでデートを繰り返した果て。
「悠斗、今日デート……めっちゃ楽しかった。もう、最高だよ。恋人ってこんなに楽しいものなの?」
ご満悦のあかり。
ショッピングモールの帰り。いつもなら手をつなぐだけだが、今回はあかりの方から腕を絡めて抱き着いてきてくれている。
所々であかりの琴線にクリティカルに触れる言動を繰り返した結果。初回ループ時、いや初回ループよりも楽しんでいるようだった。
おかげで少しだけ改札に向かうのが遅くなり、今がちょうど17時。
俺の腕に顔を擦り付けているあかりから目線をスマホに移しサイトを見る。
手元の宝くじの番号は4.5.10.22.28.41
当選番号は4.5.10.22.28.41(42)
「あたった……」
キャリーオーバー、一等6億円……。
あの日のロトXの当選番号と完全に一致した。
キャリーオーバー6億円。
涙が出そうになる。
でも感情が高ぶると即タイムリープだ。
(落ち着け俺、落ち着け俺!!!!……呼吸整えろ……6億当たるのは当然、あたりまえっ!! 深呼吸……!)
俺は震える手でスマホの画面を閉じ、あかりに悟られないよう平静を装った。
そして南口の方から轟音。
時間がずれたせいでここからでも南口の改札に突っ込む車の瞬間が見えた。
はい、あかり救出も完了!ハッピーエンド!!!
「え……なに?車が……」
あかりをそれを見てしまったのか、俺に抱き着く強さが強くなる。
そっか、俺にとっては見慣れた光景だけど、直接見たらこうなるか……。
「南口に行ってたら危なかったな」
「そうだね……」
そう言って俯いてしまうあかり。
怖がらせてしまった。反省。
「ねえっ!悠斗っ!」
そう思っていると突然彼女が声を上げる。
「えっ……あかり?」
片腕に抱き着いていたあかりそのまま両腕で俺の胸にうずくまる。
そして、瞳を潤ませてこちらを見上げてきた。
「あのね……今日はすごく楽しくて、でもさっきので不安になっちゃって……それで……今日はずっと、一緒にいたい」
甘えるような、おびえるような声。
嬉しさ最高潮からの恐怖で感情がバグって極まってしまったのだろうか。
でも、ずっとって……? 夜まで?
思わず固まる俺にあかりは追い打ちをかけてくる。
「――ね、ちょっと私休みたいかも」
俺たちは、お互いに初恋で、まだプラトニックな関係。
彼女のこの一言は、つまり――
(今日はそういうことに進んでもいいってこと……?)
それは願ったりかなったり、最高に嬉しい。
でも、そうなったときに感情が高ぶらない自信はない。いや、まず間違いなく高まる。
そうするとまた最初からやり直しだ。
今回のデートをまた次でも再現する自信は正直ない。
でもこの状態の彼女のお願いを断るって?ないないない。
いやでも6億だぞ? いや我慢できれば……。いやいや無理だって。
「お、俺は……」
お、俺はどうすれば。なにか、何か方法はないか??
なにかいい考えが浮かばないか!?
ダメでした。
そらそうよ、初恋の人と初めて結ばれたんだよ?
気分が高まらないわけないじゃん。
何度タイムリープを繰り返しても恋人は救えるのに宝くじは当たらない。
宝くじを当てたら今度は恋人が立ちはだかってくる。
俺は、俺はいったいどうすればいい!?
何度タイムリープしても君は救えるけど宝くじが当たらない 九束 @kutaba
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