第18話 旅路の末

 三年という歳月が流れた。ヘレナは各地を旅し、魔物を討伐しながら人々を守る冒険者として生きていた。自分と同じ境遇になった子たちの情報はまだ掴めていない。それでも諦めずにヘレナは旅を続けていた。


 村を離れたヘレナは行く先々で、かつて村でしていたように、困っている人を助けた。身体が自然と動いていた。


 ただそれは村のみんなや祖母、そしてオクトゥスへの罪滅ぼしの気持ちもあったのかもしれない。皆の顔が思い浮かぶたび、ヘレナは頭を振り、人助けに集中した。


 半魔族である自分を完全に受け入れ、人間体と魔族の力を自在にコントロールできるようになると、ヘレナは旅の途中、商人や他の冒険者を魔物の群れから助けることもした。

 そしていつしか「銀髪の魔物狩り」として各地で知られるようになり、行く先々で人々の評判を置き土産にしてきた。


 春の訪れと共に、ヘレナの心に懐かしい場所への想いが芽生えた。あの花畑—オクトゥスと約束を交わした、すべての始まりの場所。もう一度、あの場所に立ちたいという衝動が彼女を突き動かした。


 旅路の途中、小さな泉で休憩を取った時、ヘレナは水面に映る自分の姿を見つめた。そこには、かつての銀髪を9割ほど取り戻し水晶のように輝く瞳を取り戻した女性が映っている。肌はまだ褐色で、魔族の血は彼女の中に確かに流れているが、もはやそれは彼女の一部として受け入れられていた。


 証明章の片割れを胸に抱き、ヘレナは故郷への道を歩き始めた。それは単なる気まぐれだった。しかし予感がした。懐かしい予感。

 今なら会えるかもしれない。許してもらえるかわからない。しかし自分はあの頃の弱い自分ではない。それなりに世の中を渡って過ごしてきたからわかる。


「オクトゥスもきっと、故郷に残してきた私に対してこういう気持ちだったのかしら……」


 愛しい人を置いて旅立った――その痛みを、ヘレナは今ようやく理解した。あの頃のオクトゥスの心境が、三年の時を経て、ようやく自分のものとして実感できた。




 同じ春の日、オクトゥスもまた懐かしい道を歩いていた。三年に渡る旅で様々な情報を集め、ヘレナを探し続けた。

 しばらく旅を続けていると、「銀髪の魔物狩り」の噂が次第に耳に入るようになった。


 銀髪は非常に珍しい存在だ。そしてその者がどうやら女性らしいという話も得た。オクトゥスはもしかしたらと思い、その「銀髪の魔物狩り」を追い求めた。しかし彼女は既に姿を消した後だった。それが何度も続く。


 手に届くと思った矢先に離れていく。オクトゥスの心はその度に軋むように痛んだ。



 ふと、ある考えが頭をよぎった。彼女もまた、あの花畑のことを思い出しているのではないだろうか。すべての始まりの場所、二人が初めて約束を交わした神聖な場所のことを。


「たまには、戻ってみるか。もしかすると……」


 オクトゥスは証明章の片割れを握りしめ、足を向けた。久し振りの村への道だが考えなくても足が進む。村を通り抜け、見慣れた小道を辿る。三年の歳月が彼を一回り大きく、たくましく成長させていたが、この道だけは昔と変わらない。

 時々、子供の頃の自分とヘレナが同じ小道を駆けていく姿が視界に浮かんだ。オクトゥスは自然と微笑み、歩みを整えた。


 やがて、花畑の入り口が見えてきた。色とりどりの花々が春風に揺れ、甘い香りが空気を満たしている。


 そして、遠くに人影があった。


 銀色に輝く髪が陽光を受けて煌めいている。その人もまた、こちらを見ていた。水晶のような瞳が、確かに彼を捉えている。


 オクトゥスの足が動き始めた。

 ヘレナの足が動き始めた。


 言葉はまだ交わされない。ただ、二人の間の距離が、一歩ずつ縮まっていく。


 花畑に舞う花びらが、まるで二人の再会を祝福するかのように宙を舞った。長い旅路の果てに、ついに二人は同じ場所に立つ。失われた時間、流された涙、背負った痛み—すべてを乗り越えて。


 それが、すべての終わりであり、すべての始まりだった。

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約束の破片 るみす @nishlumi

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