第16話 偽装と決断
オクトゥスはヘレナの角を持ち、騎士団のキャンプに戻った。魔族との激戦の説得力を高めるため、ヘレナと別れた後に自分で切り傷を付けておいた。
「隊長、これを。」
「なんだこれは?」
オクトゥスは恐る恐る包みを開けて角を見せた。隊長をはじめ隊員の騎士たちは興味津々に集まる。
「はい。以前交戦した魔族の角です。俺はあの後、周辺を探索していて、たまたま遭遇したんです。」
「なに!?」
オクトゥスの報告に全員が目を見開く。
「俺は……正直怖かったです。新人の俺なんかが勝てるのかと。けど、俺だって騎士の一人だ。無我夢中で切りかかって、なんとか角にだけは斬撃を与えられたんです。」
「なんと!それでその魔族は?」
隊長の問いかけにオクトゥスは表情を暗くして無言で頭を横に振った。
「すみません。取り逃がしました。謝って済むことじゃないとわかっています。どんな罰でも。」
オクトゥスは唇を噛み締めた。取り逃がしたのではなく、自分が見送ったのだという真実が、胸の奥で重い石のように沈んでいた。
「そうか……。いや、全然大丈夫だ。むしろ新人で戦果を上げるとは、大したもんだ。戦った証拠にきちんと魔族・魔物の部位を持ち帰る。なかなかできたことではない。きっと団長も喜んでくださるはずだ。」
隊長はさも自分のことのようにオクトゥスの偽装の戦果を満面の笑みで喜ぶ。先輩騎士や同期の騎士たちからも、オクトゥスは称賛の声をもらった。
(よかった……なんとか騙せたな)
オクトゥスの心のなかは複雑だった。素直に新人の自分なんかの戦果を喜んでくれる。それなのに自分はなんてことを企んでしまったのだろうと。
故郷の村での騎士団の依頼は達成されたとして、オクトゥスたちは引き上げることになった。村の皆からは騎士団に称賛の嵐が巻きおこった。
ただ一つ、村人の中に残った気がかりは、行方不明のヘレナだった。
「オクトゥス、すまないな。わしらもあれからまた探してみたのだが、ヘレナは見つからんかった。」
「いえ村長。俺も見つけ……られなかったんです。なんとかまた依頼の合間に戻ってきて、探してみますよ。」
去り際に、オクトゥスはヘレナの祖母に目配せをし、後を頼んで王都へと戻った。
王都の騎士団宿舎に戻ったオクトゥスは、夜更けの執務室で団長の机の前に立っていた。そばには出撃部隊の隊長もいる。銀色に光る魔族の角と、真っ二つに割れた騎士団の証明章の片割れが、燭台の炎に照らされて鈍く光を放っている。団長は感嘆の表情を浮かべながら、その戦利品を手に取った。
「新人でありながら、これほどの成果を上げるとは」
団長の声には称賛が込められていた。
「えぇ、オクトゥスはやってくれました。わしも誇らしい限りです、団長。」
隊長の後押しもあり、オクトゥスの戦果は団長にも正式に認められた。
「魔族との激戦の末、証明章まで損傷させながらも討伐を成し遂げた。見事だ、オクトゥス」
オクトゥスは形式的に頭を下げたが、胸の内は複雑な感情で満たされていた。称賛の言葉が耳に届くたび、彼の心は重くなっていく。この角は愛するヘレナのものであり、割れた証明章の残り半分は今もヘレナが持っているのだ。偽装は成功した。だが、それは同時に彼自身の欺瞞でもあった。
深夜、オクトゥスは一人宿舎の屋上に立っていた。夜風が頬を撫で、遠くから焚火の煙の匂いが漂ってくる。月光が彼の手の中の証明章の残り半分を照らし出す。冷たい金属の感触が、ヘレナの温もりを思い出させた。
オクトゥスの視界に映る王都の景色が潤いで歪んだ。称賛も昇進の約束も、もはや意味を持たなかった。
翌朝、正式な昇進の辞令が下されることになっていた。オクトゥスは早朝から団長室の前で待っていたが、それは栄誉を受けるためではなかった。彼の手には一通の辞表が握られている。
「騎士団を辞める?」
団長は目を見開いた。隊長たちも唖然としている。
「君ほど有望な新人を失うのは痛手だ。何か理由があるのか?」
「申し訳ありません。どうしても果たさなければならない約束があります。それは、騎士団にいては叶えられないものです。それは……」
オクトゥスは頭を下げた。そして自身の思いのたけを打ち明けた。ここからはもう、嘘を言えなかった。
「いや、捜索なら騎士団の依頼でも……」
団長は言いかけて辞めた。団長らは困惑の表情を浮かべたが、オクトゥスの決意の固さを悟ったのか、最終的に辞表を受け取った。
「わかった。だがこの騎士団で学んだ理念と誇りに恥じぬ生き方をこれからもするんだぞ。男を見せてこい。」
「……はい。ご指導ご鞭撻大変感謝いたします。」
せっかく目覚ましい戦果を上げたのにと先輩や同僚の騎士に見送られながら、オクトゥスは騎士の制服を脱ぎ、冒険者としての粗末な装束に身を包んで宿舎を後にする。
胸元に下げた証明章の片割れは勇敢な新人騎士の誉として記念に騎士団から持ち帰ることを許された。朝日を浴びて輝く片割れが、今は無性に眩しすぎた。
幼い頃、花畑で交わした約束の言葉が蘇った。「君を守る騎士になる」—その約束の意味が、今になって変わったのだ。騎士という身分ではなく、一人の男として彼女を守ること。それこそが、真の約束の履行だった。
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