愛が成就しないのは、スマホのせいだ
DONOMASA
第1話
無駄なデータ容量の消費
反田望愛(たんだ のあ)の人生において、最も満たされない渇望、それが愛の成就だった。
彼女は仕事こそ人並み以上にこなす普通のOLだったが、恋愛においては常に感情が先行し、そしていつも、最後の「あと一歩」で愛を逃してきた。それはまるで、神に呪われたかのように。望愛が「この人だ」と確信し、決意を持って愛を伝えようとする瞬間、必ず彼女のスマホは暴走し、その愛の言葉は別の誰か、それも最も届いてはいけない人物に誤送信されるのだ。
その**「誰か」**こそ、彼女が務める企画開発部の課長、**堂島 徹(どうじま とおる)**だった。
過去の失敗:望愛(26歳)の初告白
望愛が大学時代のサークルの先輩に告白しようとした、雨上がりの駅のホーム。濡れたアスファルトが街灯を反射し、ロマンチックなムードは完璧だった。
彼女は緊張のあまり直接声が出ず、LINEで送信する準備をしていた。「愛してる」と打ち込み、送信ボタンを深く見つめる。
「よーし、今だ!」
感情の勢いに任せて送信ボタンをタップした、その直後。
スマホは一瞬フリーズし、望愛の渾身の「愛してる」は、LINEの画面上から一瞬で消え去った。
「あれ…?」
すると、ポケットに入れていた別のアドレス登録用スマホ(連絡先を整理していない)から、**「ピコン」**と冷たい通知音。
相手からの返信だろうか、と慌てて確認すると、それは全く予想外の人物、堂島徹からのメッセージだった。
【堂島 徹】 確認しました。午前2時17分の「愛してる」というメッセージは、恐らく弊社の業務とは無関係と推測されます。今後、私的な感情を業務用の連絡網に送信する行為は、無駄なデータ容量の消費と見なし、評価査定の対象とさせていただきます。感情の制御も社会人としての能力です。A/Bテストを実施し、業務に関係のない連絡先は速やかに断捨離**してください。
望愛の目の前で、先輩は「どうしたの?」と声をかけている。しかし、望愛の頭の中は、午前2時に送った**「愛してる」という、愛とは全く無関係な「無駄なデータ」**を冷徹に処理する堂島課長の姿でいっぱいだった。
五度目の正直と「論理の壁」
それから二年、望愛は四度の告白失敗を重ねた。そしてその全てで、堂島課長は冷静な業務連絡で望愛の愛の言葉を**「無駄な情報」**として処理し続けた。
そして今、望愛は五度目の正直に挑もうとしていた。
今回の相手は、同期入社の佐倉 悟(さくら さとる)。優しく、常に望愛を気遣ってくれる佐倉こそ、彼女の「愛の渇望」を満たしてくれる運命の相手に違いなかった。
「今夜こそ、この呪いを打ち破る」
望愛はスマホの連絡先を何度も確認した。堂島課長の連絡先は、当然ながら削除済み。今回は、メッセージでの告白はせず、直接声で伝えるというアナログな手法を選んだ。
夜10時。二人は、人影のない静かな公園のベンチに座っていた。湿った夜風が望愛の熱くなった頬を冷やしていく。
「佐倉くん、あのね……」
彼女は佐倉の目をまっすぐに見つめ、声を絞り出した。感情が胸の奥から湧き上がり、**「この愛こそ本物だ」**と確信する。
「私、佐倉くんのこと、愛し——」
その瞬間。
望愛が「愛し」と言いかけた、まさにその時だった。
彼女のバッグの中で、電源を切ったはずのスマホが**「ピコン、ピコン」**と猛烈な勢いで通知音を鳴らし始めた。その音は、静寂に包まれた公園の闇に響き渡り、ロマンチックなムードを木っ端微塵に砕いた。
佐倉は驚き、体を震わせた。
「反田さん、どうしたの?すごい通知音だけど…」
望愛は心臓が口から飛び出しそうだった。電源を切ったはず。連絡先も確認したはず。なぜ、なぜまた……!
恐る恐るスマホを見ると、画面にはこう表示されていた。
LINE通知:【堂島 徹】グループ招待(件名:生産性向上プロジェクト) LINE通知:【堂島 徹】グループ招待(件名:生産性向上プロジェクト) LINE通知:【堂島 徹】グループ招待(件名:生産性向上プロジェクト)
しかも、その招待メッセージに付随していたのは、数行の冷たいメッセージだった。
【堂島 徹】 反田さん、午前0時にグループへの参加が確認されない場合、非協力的なデータとみなし、明日朝8時30分から緊急の個別ヒアリング**を実施します。
望愛の感情が、完全にパニックに支配された。
(まただ……!なぜ、この最高のタイミングで!?)
目の前の佐倉が、心底心配そうな顔で望愛を見つめている。望愛が掴もうとした愛の果実は、またしても堂島課長の冷酷なデータという「水」によって遠ざけられようとしていた。
**「愛してる」**という言葉は、喉の奥に引っかかったまま、出てこない。
佐倉はそっと望愛の手に触れようとした。
「反田さん、もしかして、すごく大変なことなんじゃ…一旦、会社に戻った方がいいんじゃないか?」
愛を告げる**「あと一歩」が、今、「仕事に戻るべき」**という現実に奪われようとしていた。
望愛は、満たされないタンタロスの苦痛に、全身の毛穴から汗が噴き出すのを感じた。
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