第18話 美濃

 🏚️ 健斗、美濃のあばら家で血の痕跡を見る

​ 斎藤義龍に解雇された健斗は、虎次郎とつばきと共に、美濃の山奥にある正法寺を目指して旅を続けていた。彼の歩みは、痔の激痛で遅々として進まないが、竹中半兵衛から教わった簡易的な薬草の処置と、虎次郎がそばで支えてくれる**「心の熱」**で、何とか持ちこたえていた。

🩸 血の合理性:老齢者の死

​ ある夕刻、一行は山道の途中に、粗末なあばら家を見つけた。健斗は、城に仕える前、美濃の地理を調べる際に、何度かこの家に立ち寄り、住人である高齢の夫婦から旅の情報を得たことがあった。彼らは、戦国の世にも関わらず、穏やかで人情深い、数少ない**「人間的な熱」**を持つ人々だった。

​「ここで一晩泊めてもらいましょう。おばあ様の炊いた粥は美味しかったのを覚えています」

​ 虎次郎はそう言って、朽ちた扉を開けた。しかし、家の中は異様な静寂に包まれていた。

​「…誰もいないのか?」

 つばきが不安そうに尋ねた。

​ 健斗は、違和感を覚えた。土間に、不自然な色の土が広範囲に染みついている。彼は慎重に中へ入ると、その染みが血痕であることを即座に悟った。

​そして、囲炉裏のそばに、高齢の夫婦が倒れていた。彼らは、鋭利な刃物で一突きにされたような、無駄のない、一撃必殺の傷を負っていた。周囲には争った形跡はほとんどなく、金目のものも漁られた様子がない。

​「…くそっ」

 健斗の全身から血の気が引いた。

🔪 冷徹な痕跡

​ 健斗は、特殊部隊の精鋭ではなかったが、塔野が工場で犯した殺戮や、数々の犯罪現場に関する知識があった。彼は、この殺害方法が、**「感情」ではなく「合理性」**に基づいて行われたことを直感した。

​「これは…ただの野盗の仕業じゃない」

​ 虎次郎が震える声で尋ねる。

「健太殿、一体誰が…?」

​ 健斗は、冷静に周囲を見渡し、一つの痕跡を見つけた。それは、敷かれていた茣蓙ござの隅に、かすかに付着していた黒い油の染みだった。

​ 無駄のない殺し: 夫婦は、抵抗する間もなく、最も効率的な方法で殺されている。

 ​金銭目的ではない: 家財はそのまま残されている。

​ 痕跡: 残された油の染みは、戦国時代には存在しない、現代的な高性能オイルの匂いがした。

​ 健斗は悟った。この殺戮は、塔野が美濃の地理を把握するため、あるいは何らかの情報を得るために、この善良な夫婦を**「無駄な情報源」として「合理的に排除」**した結果ではないか。

​**「冷徹な合理性」**が、彼の親切にしてくれた人々を殺したのだ。

​ 

 🔥 怒りの熱と調合薬の暗示

​ 激しい怒りの熱が、健斗の心を占めた。その怒りが、不思議なことに、彼の身体を襲っていた痔の激痛を一時的にかき消した。

​(塔野…お前は、この時代の何の罪もない人々の命を、お前の*『実験の合理性』*の犠牲にしたのか!)

​ 彼の心臓の奥底で、かつての小説家としての**「澱んだ熱」でも、痔に苦しむ「肉体の不合理」でもない、「正義の熱」**が爆発した。

​ その怒りの熱の中で、健斗は、あばら家の中に置かれていた、夫婦が使っていたと思しき小さな瓶を見つけた。

​ 瓶の中には、強い香りのする、泥のような軟膏が入っていた。夫婦は、戦国の世を生きるための薬として、これを使っていたのだろう。

​「これは…」

​ 健斗は、その軟膏が、正法寺の天狗の**『調合薬』と似た成分を持っているかもしれないと直感した。そして、この軟膏から発せられる強い『香り(化学物質)』が、彼の怒りの『熱量』**と、**鍛冶屋の鐘の『振動』を結びつけ、現代への帰還を可能にする『媒介物質』**となる可能性を感じた。

​ 彼は、その軟膏を手に取り、虎次郎とつばきに夫婦の遺体を弔うことを指示した。

​「虎次郎、つばき。我々は急がねばならない。この殺戮を許してはならない。塔野を追う。そして、彼の**『冷徹な合理性』を、『人間的な熱』**で打ち砕く!」

​ 健斗は、痔の痛みすら忘れさせる怒りの熱を力に変え、再び歩き始めた。彼の背後には、塔野の冷徹な暴力の痕跡が、そして彼らの前には、正法寺と、もう一人の未来人、喜平次の影が待ち構えていた。

 ❓ 健斗の次の行動

​ 健斗は、この軟膏を**『媒介物質』**として利用できるか、そしてどう利用するのか?

​ 塔野の仲間、雑賀孫市が美濃に侵入し、健斗と遭遇する可能性は?

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