都落ち王子は建国する~ダンジョンのない世界に転生したダンマスはダンジョンで楽しく遊んで人生する~
すー
第1話 転生からの追放、そして始まり
ここはダンジョン最奥、ダンジョンの主が挑戦者を待つ場所。
そこに二つの人影があった。
「もうすぐ終わりだね」
「うん」
「勝てそう?」
「どうかな……いや、たぶん攻略されるだろうね」
「そっかー、寂しくなる」
「そうだね」
二人はダンジョンマスターであった。
男はこのダンジョンの主。
もう一人の女は別のダンジョンの主であり、彼らはダンジョン仲間であり、友人でもあったため頻繁に互いのダンジョンを行き来する仲であった。
「ねえ、もし転生するなら何になりたい?」
女のダンジョンの主の質問に彼は考えてみた。
彼には前世の記憶はない。
しかし女には記憶があったーー人間として生きた、それも日本という異世界で生きた記憶。
ダンジョンマスターとして長い時を過ごす彼にとって、そんな女の話を聞くのは何よりの娯楽であった。
故に自分が死んだ後の、生について暇潰しに何度も夢想したことがある。
再びダンジョンマスターになりたいということは男にとってまずあり得ない選択だ。
それに動物やモンスターのような獣は嫌だった。
思考するから楽しいのであって、それがなければもはや生に魅力はないと彼は考えていたから。
男はダンジョンマスターとしてずいぶん長く生きた。
金も名誉もただ生きるということにも興味がない、そんな彼にも一つだけ焦がれているものがあった。
ーー人生。
ダンジョンマスターは人間の敵である。
外の世界は人間の世界であり、見つかれば即抹殺であるためダンジョンマスターが外で自由に生きることはできなかった。
幸い友人に恵まれたため楽しく暮らせたが、それでも彼は人間たちを羨んでいた。
「人間になりたい」
「……人間を憎いとは思わないのかい?」
自分たちを問答無用で殺しにくる人間、その存在に思うところがないでもない。
それでも羨ましい気持ちの方が強かった。
彼らが話す外の世界の話はどれも興味深い。
道中で起こる悲劇、喜び、怒り、決意、その全てが尊く、彼らと合間見えるときーーそれは自分が死ぬかもしれないのに、いつしかその日を、今日という日をずっと待ち焦がれていたのかもしれない。
「僕は人間が好きだよ。 当然君もね」
「ふ、なら精一杯楽しんでこい」
男は女に背中を押され、挑戦者の元へ向かった。
これまで挑戦者を見てきた男には相手との力量差が分かっていた。
おそらく今日、自分は死ぬだろうと。
それでも彼は笑みを浮かべて、彼らを出迎える。
大好きな、憧れた、人間たちとの最初で最後の邂逅。
願わくば、
(僕も彼らのように人生を生きてみたい)
そして彼は敗れーーーー
ーー転生した。
こことは異なる、ファンタジー世界。
精霊と人が関わる剣と魔法、そしてダンジョンのない世界へと。
○
夢を見ていた。
「お前はこの国の王となるのだ」
小国の王族として生を受けた。
学ぶことに貪欲な少し変わり者の王子は神童と呼ばれた。
「あなたのような忌み子は王族に相応しくないわ」
力を持つ貴族の娘に側室の息子である弟が苛められていることを彼は知った。
だから助けようとして、やり過ぎたこと。
「ほら、褒美だ」
ナイフで切った指から滴る鮮血。
それを受け止めたグラスを褒美と言って神童王子は差し出した。
配下に血を分け与える、という昔々に行われた廃れた儀式を模した行為である。
しかし当然、現代では血を飲むことは生理的に受け付けない倫理観が通常だ。
故に顔を真っ青にした貴族の令嬢と、泣きながら拙い癒しの魔法を使う弟という惨状に。
叫び声、怒号。
それから色々あって、どうやら力のある貴族たちが第一王子を危険視していたり、異常行動に怯える者もいたりして、
一部で王子を物理的に排除してしまおう、なんて動きが見え始める。
そして父である王から告げられた。
「このままではお前の命が危うい」
「お前を追放する」
「力のない私を許してくれ」
「行かないでよぉ、やだよぉ兄さん」
「まあ仕方ないさ、気にするな。 俺は俺で楽しく生きるし。 お前も楽しく人生を生きな」
そして追放された王子は、他国の中立領へと送られ、そこで性格矯正という名目で教会で奉仕活動の日々を送ることになるのであったーー
「起きてください。 まもなく到着します」
「はい」
御者の声で走馬灯のような夢から覚めたラビリンスは、ぐっと伸びをして小窓から外を確認した。
この世界において神にも等しく崇められる精霊が住むと言われる霊山の麓に広がる城塞都市セントラル。
どんな戦好きも避けて通る正真正銘の中立領、ここの精霊教会でラビリンス元王子はしばらく生きていかねばならない。
「ではお達者で」
特に仲良くもならなかった御者と淡白に別れ、ラビリンスは町を歩いて教会を目指す。
問題のある貴族が追放され、教会で奉仕活動なんてありがちな転落劇である。
しかしその劇の主人公と違い、ラビリンスの足取りは軽い。
もはや上機嫌であり、鼻歌まで歌う始末。
彼にとって王族の満たされた生活も人生。
平民だろうとそれもまた人生。
都落ちして泥臭い奉仕活動を課されるのもまた人生なのだ。
人生には山があれば谷もある。
人生を楽しみたい、と前世で願った彼にとってはどう転んでもそれはそれ。
それぞれ楽しむだけである。
「さてさて、この人生は何が起こるかな」
彼は楽しげに呟いて新たな世界に足を踏み入れるのであった。
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