異世界アウトサイダー 瑠璃朔夜奇譚
七竈 美咲
序章「始まりの夜」
―――
それは昔、山に遭難した際に出会った妖の妖狐から問われた言葉だった。
私は、今もあの時の問いの答えを出せずにいる。
昔から戦うことは好きだった。
特に自分より強い、強者と相見えることが何よりも好きだった。
とは言っても、私は農民の生まれ。
本来なら刀を握るどころか、文字のひとつも読めない運命にあった。だけど、ある日"師匠"と呼べる存在と出会った。師匠は物乞いであり、それを知った両親から「もう会いにいくな」と言われてしまった。だけど、私は両親に黙って師匠に会い行き、弟子にしてほしいと
剣を学ぶうちに読み書きや計算、歴史や政治、戦略までも教わった。
最初は、そんなもの必要ないと師匠に告げた。
だが、師匠は笑ってこう言った。
――相手がどういう思考をしているかを読むこと。それが、一つの勝利につながるのだ。
その言葉は、今も胸に残っている。
師匠は一年前に亡くなったが、託された形見の刀は今も腰にある。
現在、私は東の地方にある紅蓮山――――辺り一面に紅葉が咲き誇る山、その麓を歩いている。が、突然肉の焼ける嫌な匂いが鼻に刺す。この辺りは落武者の巣窟があると、数時間前に市場にいた商人から話を聞いていた。匂いの元を探すと、崖下にある小さな村から黒い煙が上がっていた。
「……弱い人間を
弱い者を虐げる落武者を見ては、いつも思う。何故一度破れたくらいで強い者に挑まなくなるのかと。仮にも武士だろう。武士の誇りはどこにいってしまったのか。
何度でも立ち上がり、刃を交える――その高揚を上回るものなど、この世の中に存在するはずがないのに。
「……まあ、今日の試し斬りにはなるか。」
私は早速、村へ向かうことにした。
今日の試し斬りをしたいのもあるが、同時に道に迷っていたのだ。
誰かに道を聞ける良い機会だとも思ったからだ。
村に近づいていくと、人々の悲鳴があちこちから聞こえる。
「た、助けて!!せめて子供だけでも!!」
「問答無用だッ、死ねぇぇぇぇぇ!!!」
落武者の一人が母親と子に向けて剣を振り下ろした瞬間、私は落武者の間合いに入り、刀を抜く。
落武者の首は音もなく転がり落ちた。
何が起きたのか全くわからないと言いたげな母親と目が合う。私は母親と子を見下ろす。
「あ?なんだ?お前____」
「貴方、自分の子供の目を隠して。」
母親にそう告げた私は次々と落武者たちに向かっていき、刀を振るう。
風が斬撃を呼び、彼らも体勢を崩しながらも必死に応戦する。
私が一振り振るだけで、彼らは次々と血飛沫を上げて倒れていく。
血飛沫が紅葉の葉に混ざり、鮮やかな景色をより恐ろしく染め上げていった。
時々横目で母子の様子を見る。子供の方は顔を母親の手により隠されている為、何が起こっているかさっぱりわからない様子だった。だが、母親の方は落武者ではなく、私を見ていた。
私に対してまるで悪鬼を見るような恐怖の目を向けていた。
だけど、恐怖の目で向けてしまうのも何となくわかる気がする。
「まだ、まだ足りない。
もっと、もっといけるはず。
――もっと、私を楽しませてくれ!落武者ども!!」
おそらく今の私は、戦うことへの悦びだけを瞳に宿しているから。
「全く、斬りがいがない奴ばかり。」
辺り一面は落武者の
ふぅとため息をつくと刀を鞘に収める。
しばらくすると、村長らしき老人が現れた。
「あ、あの、」
「ん?何?」
「ありがとう、ございます。落武者から村を救ってくださり……。」
その言葉になんだか胸が熱くなるが、それは余分な感情だ。
戦いに支障をきたす。捨てなければならない。
「いや、別に。大したことはしてないけど……」
「いえ、貴方様がいなければ村は壊滅していました。何かお礼を、お礼させてください!」
「え、お礼……?」
村長の言葉に困り果ててしまうが、すぐに大事なことを思い出した。
「お礼、ね。………あ、一つだけあるのだけど。」
「!はい、なんでしょうか!」
「この村から"アサガネ将軍"が収める城下町へはどう行けば良いの?」
「え」
「さっきから道に迷ってたのよね。で、どこに行けば良いの?」
「あ、えっと、この道をまっすぐ進んで山を二つ超えれば着きますが……」
「そう、山二つね。ありがとう。」
そう言って去ろうとすると、村長は声を上げた。
「すみませんが、旅の方!
――――貴方様の名前は?」
師匠に名を問われたからには、名を名乗らなければいけないと教わった。
名を名乗らなければいけない。
「
……____私は、
名を告げると、すぐに村を去る。
目的地である城下町へと足を進めた。
―――
「……ひとまず今日はここで野営するか。」
見晴らしの良い場所を見つけ、何もないことを確認すると、私は荷物を木の株に置いた。
「さて、と。薪、薪____」
火を起こそうと薪を集めようとした瞬間___。
「!」
風が止み、鳥の鳴き声や葉のざわめきが無くなり、辺りが異様に静まり返ったことに強い違和感を覚え、薪を集めていた手を止め、眉を顰める。
そして、ひし、ひしと何かのひび割れる音が聞こえる。音の発生源を探るために目を瞑る。
「(辺りからは、そんな音は聞こえない……上か!!)」
目を開くと、空を見上げる。
「…………なに、あれ。」
驚きのあまりに薪を落としてしまう。
何故なら空に、亀裂が入っていたのだ。
亀裂は大きな音を立てて、夜空に緑、赤、青などの歪んだ光が走る。
紅葉の森の上空に、鏡を割ったような巨大な裂け目が生まれ、そこから吹き出すのは風ではなく、異様な"何か''だった。
まるで、この世界を蝕む
眩い光が辺りを包み、思わず目を閉じる。
轟音が辺り一面に響き渡り、止んだ。
そして、目を開くと、山一つ越えた場所に先ほどまでなかった建物が出現していた。
ガラス窓、白い壁、鉄製の門がある、建物一帯。
だが、それはあまりにも異様で、まるで夢の中の風景を無理やり引きずり出したように見えたのだ。
「これは、一体…………」
目を離せない。
だが、同時に――逃げ出したくなるほどの悪寒が走った。
刹那、頭にはある事がよぎる。
それは昔、山神の
『勇者、召喚?』
『うむ。別の世界の人間を呼び出す儀式だ。人間どもが何度も挑んでは失敗してきた代物よ。』
『……よく、わかんない。』
『かっかっかっ! 子供にはまだ早かったか!
まあ、奴らごときが勇者召喚に手を出すには、まだ千年早いわ。』
顔から一筋の汗が流れる。
嗚呼、そうなのか――――――。
――――奴らは勇者召喚を成功させてしまったのだ。
「
異世界から召喚されたであろう建物へと向かった。
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