第4話

冷静なアイクにしてはありえないほど、くっきりと刻まれた足跡を辿る。

 その先には――ネクレシアの屋敷があった。


 あまり考えたくなかったことが現実になってしまった。

 古龍を倒す神聖の剣の冒険譚は多くの吟遊詩人に歌われた。


 それは圧政に苦しみ、飢える民にとって勇気と希望の象徴だった。

 アイツらのことだ、きっと更に多くの人の希望になろうとしたのだろう。


 ジークはそう思いながら静かに項垂れた。


「せめて冒険者証くらいは回収してやりたいが……」

「ジーク、中に入れば生きて帰れる保証はないぞ」

「まずは、報告を優先しよう」


 仲間の意見は正しい。

 ネクレシアに見つかれば自分たちも壊滅する。

 そしてまた捜索隊が来て被害が連鎖する。


 ――それは避けなければならないが。


「お前らは先に戻ってくれ、俺は少し中を覗いてくる」

「ジーク……わかった、魔力の反応はないが気をつけろよ」

「あぁ」


 遺体がどこかに打ち捨てられて魔物の餌になる前に形見くらいは持ち帰ってやりたい。

 その思いは拭えなかった。


 仲間たちの背中を見送るとジークはナイフを構え屋敷の中へと足を踏み入れた。

 慎重に気配を探りながら荒れ果てた前庭を進み扉にそっと手をかける。


 音が出ないようにそっと開き、中を覗き込み――息を呑んだ。


 エントランスにザックとカインの死体が無惨に転がっている。

 すぐに駆け寄りたくなる衝動をグッと堪えホールの石床にナイフを投げ捨てた。


 ナイフが床を跳ね、カランっという音がホールに響き渡る。


 それからしばらく、じっと待つが、誰の気配もない。


「罠か……?」


 ジークはそう呟き、唾を飲み込んだ後、意を決してそっと中へ入った。

 床に散乱したシャンデリアの残骸の脇で倒れているカインの方へそっと近づく。


「目立った外傷はない、だが……」


 首元には赤い二本の牙の跡がくっきりと刻まれている。

 ネクレシアに殺されたことが確定した。


「仇は取ってやれんが……」


 恐怖で歪む瞳に瞼をそっと被せてやり、短く祈りを捧げる。

 そして胸元にかかる金色の冒険者証を外した。


 階段で倒れるザックの方は背中から槍でひと突きにされたようだ。

 血を吸われた形跡はなく、階段を赤く染めている。


「死んでから一週間は経ってねぇな」


 二人の冒険者証とカインの剣を手に屋敷を出ようとした時。


 ――ジャリッ。


「しまった……!」


 床に落ちたガラスを踏み砕いてしまった。

 ジークは反射的に柱の影に身を潜め、息を殺して様子を伺う。

 風に木が揺らされる音と鳥の囀りだけがホールに入ってくる。


「聴力強化」


 目を閉じて、耳に感覚を集中させる。

 やはり聞こえるのは自然の音だけだ。


「誰もいないのか……?」


 もし本当にネクレシアが居ないのなら……

 

 ジークはあえて気配を放ち、足音を鳴らしながら階段を登り始めた。

 二階にたどり着くと埃がなく掃除がしてある一角が目に入った。


「一人だとこの屋敷は維持できんわな……」


 そんな感想を零しながら一番奥の部屋の扉に手をかけた。

 そっと隙間を開け、中を覗き込む。


「やっぱり、いねぇ……」


 荒れ果てた状態の屋敷からは想像できないほど綺麗に整った部屋。

 ベットにも部屋の主の姿は無い。

 

 ジークは慎重に部屋の中へと入りタンスや棚を調べ始めた。

 外套や衣類の数が、異様に少ない。


 ――厄災級のモンスターが千年ぶりに住居を変えた可能性。

 脳裏に浮かんだ可能性に一筋の汗が頬を伝った。


 どこへ行ったのか。

 それ次第では圧政に苦しみ喘ぐこの国にさらなる災いが降りかかる。


 ――早く知らせないと。


 ジークは慌てて踵を返すと、急いで仲間たちの背中を追いかけた。


 ――そして現在。


 その知らせを聞いたギルドマスターのベルトマンが呆然と立ち尽していた。

 

「血を欲して町を襲えばどうなるか……」


 その言葉にジークとナタリアが青ざめる。


「……王宮に報告を上げて、騎士団を派遣してもらいますか?」

「報告は上げる……だが……」

「アイツらがまともに取り合ってくれるとは思えんがね」

「法外な騎士団の派遣料を取られるだろうな……」


 自分たちに危機が及ばない限りは、こちらがボロ雑巾になるまで静観を決めてくるだろう。

 それから搾り取れるだけこちらを取り立ててくるに違いない。


 三人とも、それが容易に想像できたのか、重たい沈黙が落ちる。


「それなら四大公爵家に協力を要請してみますか?」

「……ヴァルトハイムかエーデルリットあたりに相談してみるか」


 公爵家で最も権勢を誇るローゼンベルクは王朝と近しい関係にある。

 だがそれ以外は今の七侍会が政治を握ってから一定の距離を保っている。


 ヴァルトハイムは軍事力はあるが、利益がなければ動かない。

 

 エーデルリットは圧政に苦しむ民のために自領の税率を下げ炊き出しまで行う義侠家。

 しかしそれ故に常に財政難で、戦力に乏しい。

 

「どうしたものか……」


 ベルトマンはそんな言葉と共に深いため息を吐き出したのだった。

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