亡国のネクレシア

@darou2

第1話

アリトリシア王国、その南端、隣国との間の山岳地帯の麓に鬱蒼とした魔物の森が広がっている。


 ――決して足を踏み入れるな。


 古くからそう言い伝えられ、王国の民ならば誰もが聞いたことのあるその場所。


 その森を突き進んだ奥地にポツンとひときわ異様な存在感を放つ屋敷がある。


 外壁には蔦がまとわりつき、開け放たれたままの鉄製の門扉には赤錆が浮いている。

 

 ――その門の前に3人の男が立っていた。


 Sランク冒険者パーティ、“神聖の剣”

 剣士、タンク、魔導士で構成された、いま王国内で一番勢いのある冒険者たちだ。

 そのリーダー、剣士のカインは風で不気味に揺れる木々を背に鋭く屋敷を見据えた。


「本当に屋敷があるなんて……」

「古い伝説か何かかと思ったんだがな」


 筋骨隆々の肉体に大きな盾を持ったザックの呟きにカインは一つ頷いた。


「厄災級モンスター、真祖の吸血鬼ネクレシア、こいつを討伐したら俺たちは神話になれる……」

「僕たちは古龍だって倒したんですよ、大丈夫ですよ」


 ローブに身を包み爽やかな金髪を靡かせる、魔導士のアイクが自信に満ちた笑みを浮かべる。

 彼らが名を上げたのは二ヶ月前のことだ。

 王国の北にある古龍の巣へと赴き、激しい戦闘の末にこれを撃破した。


 それ以降、彼らは重税と役人の汚職に苦しむ民たちの中で英雄となった。

 名だたる貴族の屋敷に招待され、様々な宝飾品を下賜して貰い武勇伝をねだられる。


 王国の四大公爵の一角にあたるヴァルトハイム公爵家からうちに仕えぬかと誘いさえ来たほどだ。


 このことは彼らの自尊心を大いに満たした。


 そんな神聖の剣が選んだ次の目標が“真祖の吸血鬼ネクレシア”

 千年前から魔物の森の支配者として君臨し続けているらしい生きる伝説だ。

 

 魔物の森の奥地にある屋敷に住んでいる怪物だが人を襲うことは滅多にないので放置された存在。

 名だたる冒険者が挑み続けて誰も傷一つ負わせられなかった化け物の中の化け物。


 童話や伝記に語られるモンスターを討伐する。

 成功した暁に手に入る名声は計り知れないだろう。


「みんな覚悟はいいか?」

「おうよ!」

「はい」


 三人はこれから浴びる喝采と賞賛を想像しながら力強く屋敷の敷地へと踏み出した。


 ――これから自分たちの身にどんな惨劇が待ち受けるかなど知る由もないまま。


 手入れが全くされていない草が生い茂る前庭を抜け、入り口のドアにカインは手をかける。

 ギィィ……と音を立てて重たい扉を開き、ホールの中へと足を踏み入れる。


 外も酷いが、中も酷い。

 

 天井から落ちた大きなシャンデリアがホール正面の階段の前に無惨に転がっていた。

 床には割れた窓ガラスやシャンデリアの破片が散らばっている。

 

 ――ジャリッ


 乾いた音が不気味なほどに静まり返った屋敷に響いた。


「本当にいるのか、これ?」

「生活感皆無ですね〜」

「だな」


 こんなボロボロな屋敷に人間と同じくらいに知能のあるモンスターが居るとは思えない。

 伝説の真相はただのガセネタだったのでは?

 そんな疑念が3人の胸の中をかすめた。


「肩透かしを食らったか?」

「サーチを使ってますが魔力の反応はありませんね」

「こりゃ、どこぞのホラ吹きが酒場の席で話を盛りまくったってところか?」


 真祖の吸血鬼ならば膨大な魔力を保有しているだろう。

 そもそも、滅多に人を襲わずに森に引きこもっていう話自体がおかしい。

 よくよく思い返せば、真祖の吸血鬼ネクレシアの伝説には不審な点がいくつもある。



「折角ここまで来たんで一応探索はしてみますか?」


 アイクがため息混じりにそう提案したその時だった――


「誰だ!!」


 ホールの中にカインの怒声が轟いた。


「人の家に入ってきて“誰だ”はないでしょう?躾がなってないわね」


 コツコツ……と靴が床を叩く音が響き、階段から家主が降りてきた。

 3人は階段から降りてきた存在に視線を向けて息を呑む。


 窓から僅かに差し込む太陽の光が銀色の髪を照らす。

 その銀色のヴェールに囲まれた顔のパーツは一つ一つが精巧に作り上げられた芸術品よう。


 

 まるで人形のような美しさを持つ少女が階段からこちらを見下ろしていた。

 赤く光る目の肉食獣のような縦長の瞳孔に鋭く射抜かれた瞬間。

 

 3人の背筋を冷たいものが駆け抜ける。


「あ、あまりにボロボロだったから住んでる人はいないかと思ってたぜ」

「ふうん」


 カインは強がって見せるが声の震えを隠すことができなかった。

 なぜ、こんな少女を相手に古龍さえ倒した自分が恐れ慄いているのか……


 目的だった真祖の吸血鬼は居たんだ。

 あとは討伐してこの国随一の英雄になるんだろう!


 カインはそう自分を鼓舞し、仲間たちに声をかけようとアイクの方見て目を見開いた。

 

 アイクは顔面蒼白で、膝がガクガクと震わせていた。


「アイク……?」


 古龍討伐の時でさえ平静を崩さず仲間を励ましていたアイクの様子に全員が異常を察した。


「こ、こいつ、古龍の10倍は魔力があります……!」

「はぁ⁉︎さっきは魔力反応はないって……!」

「と、突然、現れたんです……!コイツは勝てる相手じゃ……ない……」


 恐慌状態のアイクの言葉にザックとカインは顔を見合わせる。

 古龍でさえ、ギリギリの戦いだったのにその10倍の魔力量を持つ相手……


「なに?あなたたちもその辺のゴロツキを倒して調子に乗ったタイプなの?」


 古龍をゴロツキと評するその問いかけに答える言葉は出なかった。


 ――いや出せなかった。


 剣を握りめる拳には汗が浮かび、圧倒的な捕食者を前にして心臓が早鐘を打ち鳴らす。


「別にアンタたちみたいなのは食傷気味だから帰りたければ帰ればいいわよ。眠りを邪魔してきたことは、特別に許してあげる」


 淡々とそう告げるネクレシア。

 それを挑発されたと受け取ったのはザックだった。


「テメェ……言わせておけば、お前の方こそ、ハッタリかましてるだけで実は大したことないんじゃないのか⁉︎」

「試したければどうぞ」


 ネクレシアはそう告げると両手を大きく広げた。

 S級冒険者を前にして、嘲りと無関心さを隠そうともしない態度。


「テメェ、さっきから舐めた口ばっか聞きやがって!」

「ザック、よせ!」


 このまま謝罪をしたら帰らせてくれるんじゃないか?

 仲間二人のそんな考えを吹き飛ばそうとザックが盾を構えて階段へと足をかけた。


 剣を交えていくうちに緊張や恐怖は高揚へと変わる。

 ザックはそう考えた。


 ――だが。


「ごふっ……な、なにが……」


 階段を3段ほど登ったところでザックの足が止まる。

 ザックの分厚い鎧を突き破り胸から槍の穂先突き出している。

 口元から血が零れる。

 敵は正面に居る。


 それなのにザックは“背後から”串刺しになっていた。


「ザック!」


 カインの叫びが虚しく木霊した。

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