異世界スタンプラリー 〜相棒の天使がちょっとポンコツでした〜

桜路々

第1話 スタンプラリーのはじまり

 胸が、突然、締め付けられた。


 薄暮の帰り道、川縁の道をただ歩いていただけだ。

 人通りの少ない静かな歩道。

 コーヒー缶を片手に、いつも通りの帰宅路。

 なのに。


(……苦しい)


 視界が波打つ。

 足元がぐらりと傾いた。

 胸の奥で、なにかに掴まれたような痛みが走る。


 救急車を呼ぶ余裕もなく、呼吸が途切れる。


(やばい……死ぬ……?)


 最後に見えたのは、群青の空がねじれて千切れたような景色だった。


 ドクン。


(まだ、何もしてないのに)


 脳に響くような音を最後に、世界が消えた。


 ◇◇◇


 次に目を開いたとき、そこは白い空間だった。

 遠くで柔らかな水音のようなものが聞こえ、神々しい光が降り注いでいる。


「起きましたか?」


 視線を向けると、そこには二十半ばの金髪ヨーロッパ系イケメンと年下だろう金髪美少女がいた。どちらも古代ローマのようなトガ、だったか?

 白い布を身体に巻き付けている。

 なによりも異様だったのは、二人の背には翼が生えていたことだ。


 様になっているなあ。


 俺はそんな感想を抱いた。


「えっと、ここはどこでしょう?」


 イケメンさんは笑みを浮かべた。


「ここは生と死の狭間の世界。まあ、天界ですね。死の直前にあなたをこの場所にお招きしました。このままでは死んでしまうあなたには、選択肢が与えられました。それは――異世界に行って、人助けをして、生き返るというものです」


 俺としては、生き返るチャンスが与えられることはありがたいことだ。

 だけど、なんで俺を生き返らせてくれるんだ?


「いくつか質問があるんですが」

「いくらでもどうぞ」


 イケメンさんはニコニコとしながら、質問を待っている。隣にいる少女も同様だ。


「お名前は?」

「■■■■です。上位者の情報は得にくいですから、お好きに呼んでください」

「あなたが神ですか?」

「いいえ、違います。人間の知識でいえば、天使、が近いのかもしれませんね」


(天使、天使ね。そりゃあそんな翼が生えているからね)


「そもそも、なぜ俺なのでしょう?復活……といっていいかはわかりませんが、前例はあるんでしょうか?それに俺は相応しい人間ではありません」

「前例はあります。英雄などの功績を上げたものにですが。異世界への人助けの旅に出てもらうとのことですから、それに相応しい人間に違いありませんよ」

「そんなことないと思いますが。私を復活させる目的は?」

「申し訳ありません。それは私たちにも知らされていないのです」

「人助けとは具体的には?」


 少女が空からカードを取り出した。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 イケメンさんが補足する。


「それについてはそのスタンプカードが教えてくれると思います。助けるべき人の前で光るはずです」

「はずっていうのは?」

「何分こちらも初めての措置なので」


 うーん。このまま死ぬか。それとも使命を果たして復活をするのか。

 悩ましい。生き返らせてもらえるほどの功績を人助けで挙げる。

 5個も空欄がある。5人助けろってことか。とても困難そうだ。それだったらこのまま死ぬのもありじゃないか?

 悩む。悩む。悩む。

 まだ読んでない本。積みっぱなしのゲーム。

 それを思い出した瞬間、「死んでる場合じゃない」と思った。


「分かりました。異世界に人助けをしに行きます」

「それはよかったです。ではまずは、あなたを鍛えてくれる師の元にお送りいたしますね」

「鍛える?師?」

「ええ。戦闘技術を身に着けていらっしゃらないでしょう?これも上からの指示ですので」

「ええー」


 テンションがガタ落ちである。戦闘技術が前提の人助けとか、結構大変なのでは?


「大丈夫です。あなたにはサポート役としてミュエルをご同行いたします」

「えええええええええええ!」


 叫ぶ少女天使、ミュエル。


「なんのためにこの場に呼ばれたと思っていたのですか?」

「知らされていないですよ!なんで私が人間の旅に同行しないといけないのですか!?」

「管理主の命令です。ミュエル。こちらの朝倉春様と一緒に旅に行きなさい」

「いいいいいいいいいやあああああだああああ!」


 神々しい姿はもはやみじんもないミュエル。むしろちょっと残念感がある。

 イケメンさんが厳しい顔をして言う。


「ミュエル。あなた、天使学校の卒業単位が足りていませんよね。この使命を果たすことでその単位をなんとかしてあげましょう」

「うーん。それなら……いや、もう一声」

「天界最新のゲーム機をプレゼントしてあげましょう。もちろん好きなソフトも一緒ですよ」

「もう一声!」

「……ミュエル」

「ひい!」


 俺にも修羅が見えた。ていうか図々しいなこの天使。

 こっちとしてもこの残念少女と一緒なのは不安なのだが。


「決まりましたね。それでは選ばれし者たちよ!大いなる使命を果たすべく旅立つのです!」


 天に光の輪が開き、ミュエルとともに浮かび、引き寄せられていく。

 やがて、光に包まれて何も見えなくなった。


 ◇◇◇


 さてさて、ようやく行ってくれましたか。

 主から、なんとしても使命の旅に出させるように、そして相棒として天使を派遣するように言われていたので安心です。


 そして、これからがお楽しみです。


 主が特別扱いする人間。一体どのような人間でしょうか?

 人間の娯楽を盗み見た際に、ステータスなるものを参考にして、作ってみた魂の能力を反映する奇跡を使っておいた。


 こっそりとタブレットを取り出して、見てみる。


======================

【名前】ハル(■■■■■■■■)

【種族】人族(■■)

【状態】旅人/■■■


【レベル】12

【年齢】14

【HP】210

【MP】48/250(■■率99.5%)


【能力値】

筋力:D 耐久:D

敏捷:C 器用:C

知力:C+ 精神:B

幸運:A 時空系適性:S


 保持スキル

 ・空間適正 ・時間適正 ・適応S

 ・■■化  ・■■の権能 ・■■■

 ・威圧 ・黒炎 ・黒糸

 ・■■なる所業(■■するたび能力向上、代償として一定時間理性の低下)


======================


 見て啞然とする。

 こんな能力値、人間にあってたまるか。

 

 そして自分のいったことを思い出す。上位者の情報は得にくい。

 主よ。私はいったいナニを送ったのでしょうか?


 ◇◇◇


 光が散っていくと、開けた場所に出た。

 当然だが、知らない場所。

 周囲には木々は見える。森の一角を拓いたって感じだな。

 そして目の前には漆黒のローブを着た骸骨が剣を捧げるように立っている。


 空には燦然と太陽が輝いている。なのに、目の前には骸骨。

 ミスマッチだなあ。

 隣にいるミュエルに尋ねる。

 いつの間にか、翼はしまい込んでいる。


「あそこで立っている骸骨さんが、俺の師匠なのかな?」

「そうじゃないですか?悪霊ではないようですし」


 じゃあ、とりあえずコミュニケーションをとってみるか。

 俺は手を振りながら近づいていく。


「こんにちは!いい天気ですね!」

「――――」


 バッドコミュニケーション!

 相手は何も答えなかった。

 俺はミュエルの元に戻る。


「ダメだ。会話ができない。師匠じゃない説が出てきた」

「何言っているんですかハル。骸骨が話せるわけがないでしょう?」


 今度はミュエルが近づく。


「――――」

「そうなんですか。それはちょうどいいです。こちらのハルは師を探しているんです。あなたが指導してあげてくれませんか?」

「――――」

「私にはわかりません。ですがきっと意味があることだと思いますよ」

「――――」

「ありがとうございます」


 え?ミュエルは普通に話している。天使としての力?

 骸骨は剣を捧げるのを止めると、森の中に入っていった。

 ミュエルに話しかける。


「ミュエル。なんで話せるの?」

「それは私が天使だからですね。ハルがシグルドさんと話すとなると、相当魔法への造詣を深めないと聞き取れないでしょうね」

「魔法!?あんの」

「ありますよ。地球世界にも魔法はありましたし」

「まじか」


 俺が知らないだけで地球に魔法が存在するらしい。

 案外知らなかっただけで身近に魔法使いや、魔法学校とかあったのだろうか。

 それはそれとして。


「ミュエル。魔法を教えてよ」

「え~。魔法は素質がものをいいますからね。……面倒くさいです」

「面倒て。俺はよく分からないけど、シグルドさんから剣を教えてもらうんだろ。それなら魔法も学びたいんだ。このスタンプラリ―、戦闘技術がいるんだろ?俺が魔法を使えるようになっておいて損はないだろ?」

「……まあ、そうですね。私は戦いでは貢献できませんし、ハル自身に強くなってもらった方が楽できることでしょうし」

「本音本音。……戦いに貢献できないって?」

「地上では天使の力が大分制限されています。今は盾と浄化、治癒ぐらいしかつかえないです。あと天界サービス」

「そうなんだ」


 天界サービスってなんだ?

 ミュエル様頼りにして使命を達成とはいかなそうだな。

 そんなことを話していると、シグルドが木剣を2本携えて帰ってきた。

 ……今彫ってきたのだろうか?


 シグルドは俺の近くの地面に木剣を刺すと、離れて木剣を構えた。


 え?今から修行開始ですか。


「あの、俺剣の心得なんて無いんで素振りからとかどうですかね?」

「――――」


 微動だにせず。

 やるしかない、か。


 俺は木剣を正眼の構えにすると、切りかかった。


「めええええん!」


 俺はピンポン玉の如く吹っ飛んだ。

 神速で胴体を切り抜かれたのだ。

 

 痛い!めっちゃ痛い!

 心臓のときほどじゃないけど、文字の如く身体が割れそうだ。

 そのとき、シグルドはつかつかと近づいてきて、剣を振り下ろした。

 無様に転がりながら回避する。


「何すんの!決着はついただろ!俺の負けで!」

「――――」

「あー。ハル。基礎がなってないから、身に着くまで実戦で扱くって」

「えええええ!」

「じゃ、頑張ってください。私は寝床とかの準備をしてきます」

「た、助けて!」

「がんばえー」


 おおおおい!


 それからというもの、日が暮れるまでシグルドに剣でぼっこぼこにされた。

 最初は逃げに徹していたが、シグルドとは体力の差で直ぐに捕まった。

 次は防いでみたが、木剣が吹っ飛んだ。ただ、受けるだけではいけないと学んだ。

 さらに、相手の勢いを外に流して避けた。だが、避けに徹していると段々とシグルドの剣の速度が上がっていって、また吹っ飛ばされた。

 どうやら適度に反撃しないと吹っ飛ばすという意思らしい。

 俺は常に死と向き合っていた。必死だった。

 だから、日が暮れたとき、再びシグルドが剣を捧げる態勢で待機し始めたとき涙がでてきた。生きていてよかった。


 もう、疲れた。寝たい。そう思いながらミュエルが行った方角へと森の中に入る。


 そこにはロッジがあった。

 え!?家がある。

 恐る恐る入る俺。ソファーの上でゴロゴロとゲームをするミュエル。


「お疲れ様です。どうですか?調子は」


 なんか、肩の力が抜けた。

 一瞬俺が死にかけているときに何してんだと怒ろうかとも思ったけど、ここまで立派な家を用意してくれたのだ。許してやろう。


「ミュエル。とりあえず、ちょっと剣で防げるようになっただけだよ。この家、ミュエルが作ったの?」

「いいえ。これは天界サービスです。天使が行った善行を対価に使える通販で買いました」

「へー。いい家だね。これでこれからの異世界旅も楽できるね」

「できませんけど」

「え」

「え?」


 なんでそこで逆ギレみたいなトーンになるんだ。


「なんで?」

「だって設置したら動かせませんし」

「じゃあ、天界サービスをその都度使うのはどう?」

「旅の同行で足されたポイントが大きかったからできただけです。もうそんなに善行ポイントありませんよ」

「じゃあ、なんでこんな立派な家を設置しちゃったの!?」

「だって欲しかったんですもん」


 もんじゃない。

 これ、どうするの?修行が終わったら、捨てちゃうことになるの?

 俺の異世界旅は前途多難の旅になりそうな予感がしてきた。

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