Leo Bestia 〜小さなご主人様〜【改良版】

seika

第1話 囚われの獣人

 十九世紀。ヨーロッパ風の文化を持つヴァロワ王国は、表向きは優雅な貴族国家だった。だが、その裏では獣人は“商品”として扱われる国でもあった。


 装飾の豪華な店が並ぶ一角に、ひときわ異質な空気を放つ一軒の店が軒を構えていた。


 廃れた看板には《獣人の希少種が勢揃い!》と大きく書かれ、店先には鉄の檻に入れられた獣人たちが見せ物として並べられていた。


 通行人の視線は華やかな街並みを横目に、この異様な光景へと吸い寄せられた。金の鈴をチリンチリンと鳴らすたびに、通りの空気がわずかに淀むように感じられる。


 その中で、商人は鞭を軽く振り回しながら声を張り上げた。


「さあ、さあ。見ていってください! なかなか手に入らない貴重な獣人です!! 丈夫で長持ち! 壊れる心配はありませんよ〜!」


 ……壊れる心配はねぇだと?笑わせんな。


「い、っ……てぇ……!」


 俺は鞭で叩かれるたびに仰け反る。

 くそ……背中が焼けるように痛ぇ。あいつら調子に乗りやがって。


 鎖がじゃらっと鳴った。動くたびに俺が”囚われた獣人”だということを思い知らされる。


「おい、こんなことでくたばるなよ。前日に商品が一匹死んだばかりなんだからな」


 ……こいつ、マジで許さねぇ。


 幼い頃、この国に連れてこられてから俺はずっとこの地獄から抜け出せずにいた。血の匂いと鞭の音にはいつまでたっても慣れない。どれだけ筋肉をつけたって、頑丈な鎖の前では何の役にも立たない。仲間だって助けられずに弱い奴から死んでいった。


 そんな俺らを、人間は足を止めて哀れんだり、汚ないものでも見るように視線を向けてくる。


「やめろ……俺を、見るんじゃねぇ!!」


 叫び声が街中にこだました。

 通行人たちは眉をひそめて、足早にその場を離れていった。


 またあいつらに「客を怯えさすな!」と怒鳴られるが、俺の知ったこっちゃねえ。こんなとこクソ喰らえだ。


 だが……今日は、何かが違った。


 客どもがぞろぞろと帰っていくなかで、一人のガキが足を止めて俺をじっと見ていた。


「てめぇは……誰だ! 近寄んな……!」


 言葉が勝手に出た。いつもなら威嚇して終わりだってのになんでこんなことを口にしたのか分からない。情けねぇな。弱ってんのか、俺は。


 ガキは逃げない。むしろ檻の前まで近寄ってきて平然と俺の目を見返してきた。人間なんかに興味はないし、ましてやガキなんか論外だ。


 けどよ……あいつの瞳が、故郷に咲いてた藤の花みてぇで……どこか懐かしく感じちまったんだ。


「……僕は、リオル・アルベルト」


 小さな口でそう名乗った。俺を見ても全く怯える様子はないし、周りに親らしき人間も見当たらない。灰色がかった髪に上質な服を纏い、ひときわ目を引くその姿は……まさに、俺が大っ嫌いな貴族そのものだった。


 くそ……なんでガキが、こんなに堂々としてやがる。


「リオル……か。俺を見に来やがったのか?」


 琥珀色の瞳を光らせ、じとっと睨みつけて威嚇する。


「人間どもは本当にクソだな。金のためならなんでもする。俺を売りてぇならちゃんと売れよ。こんなふうに見せ物にするなんてさ。あいつらは俺らのことを珍獣くらいにしか思ってねぇんだ。なぁ、そうだろ?」


 ほら、さっさと怯えて泣くか逃げるかしろよ。


 ……だが俺の予想とは逆にガキはくすくすと笑いやがった。


「ふふっ、君、獣人のくせによく喋るんだね」


 その瞬間、体の奥がカッと熱くなる。


「うるせぇっ! 生まれつきだ!」


 なんだ?まさかこいつ俺を馬鹿にしてんのか。


「余計なことは言わずにさっさと帰れ! どうせテメェみてーなガキに俺は懐かねぇんだからな!」


 そう放つと何故か嬉しそうに口角を上げた。


「そうなんだ。じゃあ君はどんな子に懐くの?」


「……俺をちゃんと扱ってくれる奴に決まってんだろ? 人間なんかじゃなくて優しい獣人だ!」


「へぇ……優しい獣人かぁ。いいね! で、その獣人さんはいつ現れるの?」


 俺は返す言葉に詰まった。


 ……なんなんだ、この感覚。


 まるで俺の胸の奥を掘り返すみたいに喋る。屈託のない笑顔で首を傾げるガキを、俺はただ見つめていた。


 しばらく沈黙した後そっぽをむいて、ぼそっと答える。


「さあな……明日の太陽が昇る頃かもしれねぇし、百年先かもしれねぇな」


「んーー、でもさぁ。もし現れたとしても君を助けてくれるとは限らないよね?」


 その一言で心臓がドクンと跳ねた。


 確かに……そうだ。ガキの言うことも、もっともだ。


 俺たちがいた国の獣人は反乱戦で敗れた後、全員拘束され捕虜か処刑されたと聞いている。


 運よく逃げられた奴らが何人かいて、俺たちを助けてくれるーーなんて希望を抱いてたんだ。


 だが、こいつの言う通り、捕まるリスクを犯してまで助けに来るわけないって俺だって薄々気づいていた。


「……じゃあ、てめぇは俺らを助けてくれんのかよ?」


 鼻をならし挑発する。こんなガキに助けられるわけがない……そんなことわかってんだよ。俺の心をかき乱しやがって。一体何がしたいんだ、こいつは。


 冷たい檻の鉄格子を掴んだガキは、さっきまでの無邪気さが消え真剣な顔つきに変わっていた。


「……君は、そうやって救いの手が差し伸べられるのを檻の中で待つだけなの?」


 確信を突くような言葉が胸のど真ん中に突き刺さる。

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