渋谷ラウンドアバウト
「はあー……ものすごく疲れた。ダンジョン攻略よりも疲れた気がする。これが普通で、これをみんなやってるのか? 本当に? 何だか目の奥が重たいよ……一生分の洋服と化粧品を見た気分だ。なあ真美華、何で買うもの決めてから来ないんだ……?」
「エふつーじゃね? 見んの楽しーし!」
人のごった返す煌びやかな町を歩く。夕焼けはすでにどこかに消し去られていて、空はもう真っ暗になっていた。
原宿から渋谷まで服屋やドラッグストアを巡り巡ってショッピング(9割9分冷やかし)して、さらに久しぶりに1500円するハンバーガー屋を満喫してしまった。そんな楽しい一日だったというのに、兄貴の完璧コーディネート+身バレ防止用サングラスとキャップで芸能人然としている羽純は、そのスタイリッシュな恰好とは裏腹にげっそりとやつれているのだった。
人波に乗ってセンター街から渋谷ラウンドアバウトへと辿り着く。ここはかつて渋谷スクランブル交差点と呼ばれていた場所だ。しかし今は交差点の中央にライトアップされた巨大な穴が空いており、その周りに金属の柵が置かれている。渋谷ダンジョンの入り口、通称“大穴”である。
「ね、“大穴”は来たことある?」
「あるにはあるが、人が多いのと旨味が無いからあんまりな。仕事で、2回ぐらいか?」
「へーそっか、羽純でもあんま知らないダンジョンあんだねー」
「さすがに1層が混み過ぎていて、こういう所にはなかなか来ないからなー」
話しているうちに信号が青に変わり、わっと人々が歩きだす。私たちの横をすり抜けるようにしてRPGゲームみたいな鎧を着た冒険者パーティーらしい若者たちが、大穴の受付棟へと向かっていく。そんな光景を横目に交差点を横断していたときだった。辺りから、きゃあという黄色い声が上がる。
『オルタナ所属冒険者、
思わず見上げると、周りのビルの巨大ビジョンにスーツ姿の男が映っていた。筋肉質で、鋭い目をしたイケメン風の無愛想な色黒男だ。……泉水 新。
『
耳障りの良い落ち着いた低い声、台本を読まされてる感がありありと伝わってくる朴訥な口調。巨大ビジョンにはしばらく電話番号が大きく表示されていたが、やがて映像は切り替わって音楽のランキングを発表し始める。
「行こう、真美華」
「あ、うん」
振り返ってビジョンを見ていた私を羽純が呼ぶ。感情こそ表に出してはいないが、羽純もきっと何か思うことがあるんじゃないかと思う。……私だって、あの男のことはウィキで調べたからちょっとは知っている。
泉水 新、“オルタナ”のメインアタッカーでリーダー。魔槍・
そして、泉水といえば、同じチームで肩を並べて戦っていた羽純との熱愛が噂されていて……でも羽純は全然違うって言ってて、だけど……もし本当は、だったら……。
「なあ、もしかして私と新のこと、気になるのか?」
新宿駅から中央線に乗り込んで、ふと羽純がそう呟いた。よほど私は口数が少なくなってしまっていたのだろう。思わず「ふえ」と情けない声を上げてしまう。
「えっ、やっ、まー……ごめん。地雷っつーかさ、何だか触れられたくないやつかなって思ってたから、なんか……」
「フ、大丈夫だよ。ただ、本当に何もないんだ。彼と私はお互いがお互いを冒険者として認めていて、そしてチームメートだった、それだけだ。向こうも、私も、それ以上の感情は持ち合わせていなかったよ?」
ブザーとともに扉が閉まり、電車は徐行運転でのろのろ動きだす。ガラガラの中央線の車内。この先は確率は低いとはいえモンスターの出現が警戒される地域だ。
「そーなん? じゃーなんであんな噂が?」
「うーん、何でかは分からん。2人で出かけたことすらないよ」
「ええーっ、じゃあ心当たりとかないん? ほら、文秋砲食らったタイミングとか、あったじゃん?」
「そうだなあ。うん……タイミングとしてはダンジョンで2人、氷河に落ちて遭難したことがあったんだ。半日ぐらいで救助されたんだが、そのとき彼が低体温症を起こしてしまってな。仕方ないから服を脱いで肌で温めてやったことがある。それを顛末書で報告したあとぐらいなんだよな、なんかいろいろ週刊誌に書かれるようになったの……」
「百パーそれだよ! 正直おバカ!!!」
「正直おバカ!?」
私でも分かるぐらいにそれだった。おそらく顛末書が流出したか、スタッフが週刊誌の記者に漏らしたのだろう。そんだけの爆弾があったら、まあ誰だって針小棒大に書きたくなるに決まっている。つーかこいつ前から思ってたけど、貞操観念危う過ぎるだろ。性教育受けたことないんか?
「はあ、もー……ちゃんと違うって言やーいーのに」
「何度も言ったぞ? オルタナの広報や新の方でも否定してたはずだ。まあ私はSNSもやっていなかったし、人前に出るタイプじゃなかったしな。直接私から発信したことはない。オルタナの方針もあって、あまり私はそうしたことはしてこなかったんだ。ファンサービスだって、1回だけサイン会に出たことがあるぐらいだ。だから私が好きだと言う人たちと、私は今まで向き合ったことはない。だから、今配信の向こう側にいつも誰かがいるって分かるのは、本当に楽しいんだ」
いつぞやに読んだクソつまらんインタビューを思い出す。『ラナンシー』の誌面に映る羽純は近寄りがたくきりりとしていて、あのビジョンに映る泉水 新のようにまるで別世界の人間に見えた。……いま私の隣に座る羽純は呑気なイケメン女としか思えないけれど、それも配信業のことを楽しく思っているからなのだろうか。
ため息をついて、背もたれに寄り掛かる。……罪悪感。
私は、そんなやつを私利私欲のために利用している。今日の買い物も、和牛チーズトリュフバーガーも、交通費も、まあ私が全部出したけど最終的には配信で入ってきたお金で補填する予定だ。この女を使ってお金を稼いで、いつかはモンスター出現という危険のない地域でいい生活をしようと考えている。私は、この女の人気に寄生して何者にもなれなかった人生を挽回して、何者かになろうとしているんだ。
ああ、こんな腹黒いことを考えているなんて、私の肩をまた枕にしやがるこいつにはとても聞かせられないなあ。
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