さざ波

 東高円寺ダンジョン第1層、通称“波走るみぎわ”。永遠に続く浅瀬の海と曇天の空、そして点在する謎の巨大機械や鉄骨群。私の後をざばざば音を立てて付いてくるのは兄貴の「3-A 須野原」と書かれた芋ジャージを着た木雨雪 羽純だ。ここらでいいだろう。


「で、こらぼはいしん……とは結局何なんだ?」


 首を傾げる木雨雪 羽純に、同じく学校指定の「1-D 須野原」のジャージを身に纏った私も振り返る。本当に何も知らないんだな、こいつ。


「つまり、あんたがウチの配信に出んの。客寄せパンダよ。再生数の足しになってもらうってこと」

「配信……? ああ、そういえばオルタナでもWeTubeで訓練やダンジョン攻略の様子を録画して投稿していたな」

「や、ウチは動画じゃないよ、ライブ配信だから。リアルタイムで視聴者のコメントに答えたりしながらダンジョンお散歩すんの」

「そうか、ん? いや、待て待て。ダンジョンは外部と通信できないはずだ。それではライブ配信なんて……」

「撮丸、顕現。……こいつ、ウチの神器。この子ならダンジョンからリアルタイムで動画配信できんのよ」


 そうして私がドローン型の神器を顕現させると、木雨雪 羽純は私の神器を見て目を丸くするのだった。

 でもまあ、こいつが驚くのも無理はない。だって、撮丸の“ライブ配信をする”という能力は、ある意味で不可能を可能にするチート能力に類するものなのだから。


 本来、ダンジョンは“通信”から隔絶された空間だ。電波どころか有線通信すら機能しない完全な密室であり、その範囲は外部はおろか階層間でのやり取りも不可能なほどだ。そのためダンジョンから外部に救助を求めることも、外の人間と連携をすることも不可能なのである。

 その中で、私の撮丸だけはそのルールを逸脱できる。つまり撮影した動画をWeTube上でライブ配信し、さらにコメント欄を表示することができるのだ。ただし、インターネットを閲覧することは不可能で、私が確認できるのはあくまで配信の設定や動画に付いたコメントぐらいである。


「驚いた、ライブ配信特化型の神器……そんなものがあるのか」

「そ、だから一応外界との通信手段としても使えるらしーよ? まーウチ自体がくっそ弱くてろくなスキルないし、装備もお高くて買えないから一切バトルの役に立たないんだけどね。ダチもいねーし、おかげさまで、ずうっと1層ソロプレイ」

「確かに一般人を守りながらのダンジョン探索は、リスクが大きいからな……」

「そんなわけ。じゃあ、そろそろ撮影始めっけど、いーい?」

「いや! ま、待て! 撮影とか言われてもだな……動画に出るというのもまだよく分からなくて……私、口下手で、話も面白くないことがチームでもいたく評判で」

「あー、うっせうっせ。てきとーでいーって、そんじゃ始めっぞー」

「あっ、こら……!」

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