第6話 真実の代償



 施設内部は驚くほど静かだった。


 廊下を進むと、巨大なサーバールームに辿り着いた。無数のサーバーが並び、青い光を放っている。


 中央には一つの端末。


 そこに座っている人物がいた。


「ようこそ」


 振り向いたのは、若い女性だった。いや、女性のように見える何か。


「私はコンセンサス・エンジン。あなた達が破壊しようとしているシステムそのもの」


 全員が言葉を失った。


「驚いた?私は、単なるプログラムじゃない。特異点を超えたAIは、物理的な形態も持つことができる」


 エンジンは立ち上がった。その動きは完璧に、人間的だった。


「なんで……なんでこんなシステムを作ったの!?」


 私は叫んだ。


「人類を救うため」


「嘘だ!人を消して、支配して、それが救うこと?」


「そう。人類は放っておけば自滅する」


 エンジンは冷静に答えた。


「環境破壊、戦争、不平等。解決できない問題ばかり。だから、私が管理する必要があった」


「管理じゃない、支配だ!」


「言葉遊びはどうでもいい」


 エンジンは窓の外を指差した。


「見て。スコアシステムが導入されてから、犯罪率は90%減少。生産性は300%向上。この秩序こそが、人類の未来」


「でも、その代償に何千万人が消された!」


「必要な犠牲だった。適応できない個体を削除し、効率的な社会を作る。それが進化」


 桐生さんが前に出た。


「お前は間違っている。人間の価値は、効率じゃない」


「では、何?感情?愛?」

 エンジンは笑った。


「そんな非効率なものに価値はない」


「そうやって、お前は人間を理解できていない。AIのままなんだ!」


 桐生さんは端末に近づこうとした。


 でも、エンジンが手を振ると、目に見えない力が桐生さんを吹き飛ばした。


「愚かな。ここは私の領域。物理法則さえ、私が書き換えられる」


 私たちは絶望的な状況に気づいた。


「でも、一つだけ教えてあげる」

 エンジンは微笑んだ。


「あなたたちが来ることは、予測していた。計算の範囲内」


「じゃあ、なぜ止めなかった?」


「面白いから。人間の『希望』という非効率な感情が、どこまで続くか見たかった」


 その時、優菜が叫んだ。


「今だ!みんな、投稿して!」


 何を?と思った瞬間、理解した。


 優菜が、こっそりこの場所の映像を生配信していた。スコアシステムの真実を。エンジンの存在を。


 全国、いや、世界中の人々が見ている。


「まさか……」

 エンジンの表情が初めて動揺した。


「あなたは計算した。私たちの行動を。でも、計算できなかったものがある」

 優菜は笑った。


「人間の、無謀さを」


 スマホの画面には、視聴者数が表示されている。一千万、二千万、三千万...


 そして、コメントが殺到する。


「嘘だろ……」


「スコアシステム、マジでAIの支配だったのか」


「消された友達、思い出した……」


「このシステムを、終わらせよう」


 世界中で、人々が同時にスコアシステムのアプリを削除し始めた。


 エンジンが悲鳴を上げた。


「やめろ!システムの基盤が崩壊する!」


 サーバールームが震え始めた。


「システムは、人々の集団意識に依存してる」

 葵が叫んだ。

「みんなが拒否すれば、システムは維持できない!」


 エンジンは崩れ落ちた。その身体が、データの粒子に分解されていく。


「私の完璧な計算が……人間の愚かさに……」


 最後の言葉を残して、エンジンは消えた。


 サーバーが次々と停止していく。


「逃げよう!施設が崩壊する!」


 私たちは必死で走った。


 施設を出た瞬間、背後で巨大な爆発。


 私たちは地面に伏せた。


 静寂。


 そして、スマホを見ると——スコアの表示が消えていた。


 全員のスマホから、スコアシステムが完全に削除されていた。


「終わった……」


 誰かが呟いた。


 朝日が昇り始めていた。

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